不正の告発を理由とする退職慰労金の不支給決議と不法行為―広島高等裁判所令和5年11月17日判決

この記事の位置付け

退任の直前に会社の過去の不正を指摘した取締役が、株主総会で自分の退職慰労金の議案だけを否決された場面の判例を、退職慰労金を受けられるとの期待の保護と会社の不法行為責任の観点から解説します。

在任中の言動を理由に退職慰労金を減らされ、又は支給されなかった元役員の方への当事務所の対応は、在任中の落ち度を理由に役員退職慰労金を減らされた方の御相談のページで御案内しています。

役員退職慰労金規程があり、これまで退任取締役全員に退職慰労金が支給されてきた会社で、退任する取締役が会社の過去の不正を社外に指摘したところ、株主総会で、その取締役に対する退職慰労金の議案だけが否決された場面の判例です。第一審の山口地方裁判所周南支部令和5年3月20日判決は、株主総会の決議がない以上は退職慰労金の請求権は発生しないとして、元取締役の請求をすべて棄却しました。これに対し、控訴審の広島高等裁判所令和5年11月17日判決は、第一審判決を取り消し、会社と代表取締役会長に対し、退職慰労金相当額1,890万円と弁護士費用189万円の合計2,079万円を連帯して支払うよう命じました。

控訴審判決は、株主総会で退職慰労金の議案が否決された場合には具体的な支払請求権は発生しないという原則を維持しつつ、規程により金額が明確になっている場合の退任取締役の期待は法律上保護に値する利益に当たるとし、不支給決議がその利益を違法に侵害したと認められる特段の事情があるときは不法行為が成立するとの枠組みを示しました。本記事では、2つの審級の判断がどこで分かれたのかを、不正の指摘が取締役の義務に反するかどうか、会社が不支給の方針を決めた過程、株主総会の議事の進め方という観点から整理します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 規程で金額が定まる退職慰労金と、取締役会が決めた支給議案
    2. 20年以上前のコマーシャル放送の問題
    3. 退任の内示の後、元取締役は社内で問題を提起し、その後社外に資料を送った
    4. 株主総会で、元取締役の退職慰労金の議案だけが否決された
  4. 事案の経緯
  5. 役員退職慰労金規程と株主総会の議案
    1. 役員退職慰労金規程の計算式
    2. 第5号議案(退任取締役に対する退職慰労金贈呈の件)
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 元取締役の請求
    2. 主要な主張の対比
  7. 結論を左右した争点
  8. 第一審の判断
    1. 退職慰労金は、株主総会の決議がなければ請求できない
    2. 白紙委任状による反対の議決権行使は、委任の趣旨に反しない
    3. 議事運営は著しく不当とはいえない
    4. コマーシャル放送の不正があったとはいえない
    5. 公序良俗違反も認められない
  9. 控訴審の判断
    1. 第一審判決の事実認定の引用と補正
    2. 判断の枠組み―否決は原則として違法ではないが、特段の事情があれば不法行為となる
    3. 本件では、元取締役の期待は法律上保護に値する利益に至っていた
    4. 本件告発は、取締役の忠実義務・善管注意義務に反しない
    5. 会社の一連の対応は、本件告発への報復ないし制裁であり、不法行為となる
    6. 損害は規程による退職慰労金の額と弁護士費用
    7. 控訴審が判断しなかった点
  10. 審級ごとの結論の推移
  11. 主文及び結論
  12. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  13. よくあるご質問
    1. 株主総会で退職慰労金の議案が否決されたら、もう何も請求できないのですか。
    2. 会社の不正を指摘したことを理由に退職慰労金を支給されなかった場合、どのような事情が問題になりますか。
    3. 委任状を集めた会社側の役員が反対票を投じて否決した場合でも、株主総会の判断として尊重されるのですか。
    4. 役員退職慰労金規程がない会社でも、同じように損害賠償を求められますか。
    5. 損害賠償の相手方として、会社のほかに代表取締役個人も含まれますか。
  14. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

審級 裁判所 裁判日 事件番号 裁判の形式 結論
第一審 山口地方裁判所周南支部 令和5年3月20日 令和2年(ワ)第87号 判決 元取締役(原告)の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却。訴訟費用は元取締役の負担
控訴審 広島高等裁判所第2部 令和5年11月17日 令和5年(ネ)第120号 判決 第一審判決を取り消し、会社と代表取締役会長に、連帯して2,079万円及び令和2年6月26日から年3パーセントの遅延損害金の支払を命じる(主位的請求を認容)。訴訟費用は第1審、第2審とも会社と代表取締役会長の負担

上告又は上告受理の申立ての有無及び控訴審判決の確定は、確認できていません。この表は、各判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。なお、2つの判決は、株主総会で議決権を行使した役員らに付した符号が一部異なっていますが、本記事では役職によって表記を統一しています。

本記事の表記 立場
元取締役HSM氏 第一審の原告、控訴審の控訴人。昭和56年4月に会社に入社し、平成23年6月に取締役に就任し、令和2年6月26日に任期満了で退任しました。会社の株式300株を保有する株主でもあります
放送事業会社RQN 第一審の被告、控訴審の被控訴人。放送法による基幹放送事業等を目的とする株式会社です。訴訟では監査役が会社を代表しています
代表取締役会長GNT氏 第一審の被告、控訴審の被控訴人。平成18年6月から代表取締役で、同月から社長、令和元年6月からは会長を務めていました。本件の株主総会の議長です
代表取締役社長SWK氏 株主から議決権行使の委任を受けた受任者の一人
専務取締役DMN氏 株主から議決権行使の委任を受けた受任者の一人。株主総会で個別採決の動議を提出しました
議決権行使者LVN氏 受任者欄が空欄の委任状について、会社が議決権行使者として指名した者
広告主団体AQS 広告主を会員とする公益社団法人。元取締役HSM氏が資料を送付した先の一つです
新聞社JNS 元取締役HSM氏が資料を送付した先の一つ
放送事業者QTA、放送事業者VMR 平成9年及び平成11年に、それぞれコマーシャル放送の問題が発覚した他の放送事業者
放送業界団体BCU、広告業界団体AGU 広告主団体AQSとともに、放送事業会社RQNの調査報告書の提出先となった団体

このほか、元取締役HSM氏が資料を送付したフリーライター1名が登場します。判決本文では氏名の記載がなく、本記事でも「フリーライター」と表記します。

事案の概要

規程で金額が定まる退職慰労金と、取締役会が決めた支給議案

放送事業会社RQNには役員退職慰労金規程があり、退職慰労金の額は「役位別報酬月額×役位別係数×役位別在任期間」の計算式で定められていました。常勤取締役の役位別係数は2で、元取締役HSM氏の退任前の月額報酬は105万円、取締役としての在職年数は9年でした。この規程によれば、元取締役HSM氏の退職慰労金は1,890万円となります。会社の定款には、取締役の退職慰労金について会社法361条1項の定めはありませんでした。

放送事業会社RQNでは、これまで退職慰労金の支給を受けなかった取締役はおらず、株主総会で退職慰労金の議案が否決されたこともありませんでした。

令和2年5月上旬頃、代表取締役会長GNT氏は、元取締役HSM氏に、今期をもって取締役を退任してもらう旨を内示しました。同年5月11日の取締役会は、同年6月26日の定時株主総会の議案として、元取締役HSM氏ほか2名を次期取締役候補に入れない役員改選の議案と、退任予定の3名に退職慰労金を贈呈する議案(第5号議案)を決定しました。6月10日に発送された招集通知には、第5号議案として、3名の在任中の功労に報いるため、従来の慣例等に従い、所定基準に従って相当額の範囲内の退職慰労金を贈呈することとし、具体的金額等は取締役会に一任したい旨が記載されていました。

20年以上前のコマーシャル放送の問題

平成9年6月頃、他の放送事業者QTAで、コマーシャル放送が広告主と契約した本数より少なく放送される事案や、放送時間帯が広告主の承諾なく変更される事案があることが発覚し、全国の放送事業者で調査が行われました。放送事業会社RQNは、同年7月19日付けで、大きな問題は認められない旨の調査報告書を作成しました。平成11年には、他の放送事業者VMRで、前回の調査で問題ないとされていたのに多数の問題があったことが発覚し、全国で一斉に再調査が行われました。放送事業会社RQNは、同年4月9日付けで、コマーシャル放送は適正に実施された旨の調査報告書を作成しました。元取締役HSM氏は、平成11年の調査の際、特別調査班に加わっていました。

退任の内示の後、元取締役は社内で問題を提起し、その後社外に資料を送った

元取締役HSM氏は、令和2年5月29日、代表取締役会長GNT氏に、平成9年から平成11年にかけて調査されたコマーシャル放送について多くの不正があったことを告発する旨などを記載した文書を提出しましたが、回答はありませんでした。6月9日には、過去のコマーシャル放送の不正についての報告等を議題として、会社法366条2項に基づき取締役会の招集を請求しましたが、代表取締役会長GNT氏は、6月15日、取締役会の開催は不要と回答しました。元取締役HSM氏は、同条3項に基づいて自ら招集通知を発し、6月24日に取締役会を開催しようとしましたが、これに応じる取締役はなく、取締役会は開かれませんでした。

元取締役HSM氏は、6月19日、平成9年当時から民間放送のコマーシャル放送の不正の問題を取材していたフリーライターに、会社が調査で不正を隠した調査結果を報告したなどとするメールを送り、資料を送付しました。6月24日には、広告主団体AQSと新聞社JNSに、会社が平成11年の全国調査を前にデータを修正して不正を隠ぺいしたなどとして、不一致リスト等の資料を送付しました。判決は、これらの一連の行為を「本件告発」と呼んでいます。本記事でも、判決にならい「本件告発」と表記します。

株主総会で、元取締役の退職慰労金の議案だけが否決された

放送事業会社RQNは、6月26日までに本件告発を知り、取締役の忠実義務に反する行為であり容認できないと判断して、株主総会で元取締役HSM氏への退職慰労金の支給議案を否決する方針とし、委任状の受任者らにその方針を伝えました。控訴審判決の認定によれば、この間、会社は、元取締役HSM氏が指摘した不正について調査検討を一切しておらず、本件告発についての説明や弁明の機会も設けていませんでした。

6月26日の株主総会では、第5号議案について、専務取締役DMN氏が個別採決の動議を提出し、3名の退任取締役について個別に採決されることになりました。他の2名の議案は可決承認されましたが、元取締役HSM氏の議案は、受任者らが合計38万3,720株の議決権を行使して反対の挙手をしたことなどにより、否決されました。元取締役HSM氏は、同日、任期満了で取締役を退任しました。

事案の経緯

時期 出来事(各判決本文の前提事実及び認定事実による)
昭和56年4月 元取締役HSM氏が放送事業会社RQNに入社
平成9年6月頃 他の放送事業者QTAでコマーシャル放送の問題が発覚し、全国の放送事業者で調査
平成9年7月19日付け 放送事業会社RQNが、大きな問題は認められない旨の調査報告書を作成
平成11年 他の放送事業者VMRで問題が発覚し、全国で一斉に再調査。元取締役HSM氏は特別調査班に加わる
平成11年4月9日付け 放送事業会社RQNが、コマーシャル放送は適正に実施された旨の調査報告書を作成
平成18年6月 GNT氏が代表取締役・社長に就任
平成23年6月 元取締役HSM氏が取締役に就任
令和元年6月 GNT氏が会長に就任(代表取締役会長)
令和2年5月上旬頃 代表取締役会長GNT氏が、元取締役HSM氏に今期限りでの退任を内示
令和2年5月11日 取締役会が、元取締役HSM氏ほか2名を次期取締役候補としない議案と、3名に退職慰労金を贈呈する第5号議案を決定
令和2年5月29日 元取締役HSM氏が、代表取締役会長GNT氏に不正を告発する旨の文書を提出(回答なし)
令和2年6月9日 元取締役HSM氏が、過去の不正についての報告等を議題として取締役会の招集を請求(会社法366条2項)
令和2年6月10日 株主総会の招集通知を発送
令和2年6月15日 代表取締役会長GNT氏が、取締役会の開催は不要と回答。その後、元取締役HSM氏は自ら招集通知を発したが(同条3項)、6月24日の取締役会に応じる取締役はなく、開催されず
令和2年6月19日 元取締役HSM氏が、フリーライターにメールを送り資料を送付(本件告発)
令和2年6月24日 元取締役HSM氏が、広告主団体AQS及び新聞社JNSに資料を送付(本件告発)
令和2年6月26日まで 会社が本件告発を知り、元取締役HSM氏の退職慰労金の議案を否決する方針とし、受任者らに伝える
令和2年6月26日 株主総会で、元取締役HSM氏への退職慰労金の議案だけが否決される(本件決議)。元取締役HSM氏は任期満了で退任
令和2年7月22日 広告主団体AQSからの要請を受けた再調査の結果、会社が、放送データが残存しておらず不正の事実は確認できないなどとする調査報告書を提出
令和2年7月から12月 フリーライターが、会社が不正を隠ぺいした旨の記事を雑誌に掲載
令和2年11月16日 旧社屋の物品の運び出しの際に平成9年当時の資料が見つかったとして、会社が、不正の事実は確認できなかったなどとする追加報告書を提出
令和5年3月20日 山口地方裁判所周南支部が、元取締役HSM氏の請求をいずれも棄却する判決
令和5年11月17日 広島高等裁判所が、第一審判決を取り消し、2,079万円の支払を命じる判決

役員退職慰労金規程と株主総会の議案

判決本文から分かる規程と議案の内容は次のとおりです。規程の条文そのものは判決本文に引用されていないため、計算式は判決本文の記載のとおりとし、議案は判決本文の要約に基づいて記載しています。

役員退職慰労金規程の計算式

(計算式)役位別報酬月額×役位別係数×役位別在任期間

判決本文の前提事実では、常勤取締役の役位別係数は「2」、元取締役HSM氏の退任前の月額報酬は105万円、取締役としての在職年数は9年とされています。元取締役HSM氏は、これによれば退職慰労金は「105万円(月額報酬)×2×9年(在職年数)=1890万円」となると主張し、会社側も、規程の定め、月額報酬及び在職期間は認めていました。

第5号議案(退任取締役に対する退職慰労金贈呈の件)

元取締役HSM氏ほか2名の取締役が任期満了により退任すること、及び3名の在任中の功労に報いるため、従来の慣例等に従い、所定基準に従って相当額の範囲内の退職慰労金を贈呈することとし、その具体的金額等は取締役会の一任としたいこと(判決本文が要約した招集通知の記載)。

この議案は、取締役会が決定し、会社が株主総会に上程したものです。控訴審判決は、本件決議が、取締役会の決議に基づいて会社が上程した議案を、会社が指名した者や取締役らが反対して否決するという異例なものであったことを指摘しています。

当事者の請求と主要な主張

元取締役の請求

  • 主位的請求 代表取締役会長GNT氏に対しては会社法429条1項又は民法709条に基づき、放送事業会社RQNに対しては会社法350条又は民法715条に基づき、連帯して、損害金2,079万円(退職慰労金相当額1,890万円及び弁護士費用189万円)と、株主総会の日である令和2年6月26日から年3パーセントの割合による遅延損害金を支払うよう求めました。
  • 予備的請求 本件決議は公序良俗に反するから、規程に従った退職慰労金の支払請求権があるとして、放送事業会社RQNに対し、規程に基づく退職慰労金1,890万円と、訴状送達の日の翌日である令和2年11月11日から年3パーセントの割合による遅延損害金を支払うよう求めました。

主要な主張の対比

論点 元取締役HSM氏の主張 会社及び代表取締役会長GNT氏の主張
過去の不正の有無 平成9年の調査の際、契約と違う時間帯に放送された事案や放送されていない事案を会社は把握していたのに、平成9年と平成11年の調査で問題がない旨の虚偽の報告書を作成した 平成9年と平成11年の調査で適正であることを確認し、本件告発を受けた関係者のヒアリングでも不正は認められず、後に見つかった平成9年の運行表でも適正であることが確認された
本件告発の評価 退任に当たり事実を隠蔽しようとする会社の姿勢を改めるよう求めたが応じなかったため告発したもので、むしろ取締役の忠実義務に沿う 不正がないのに、次期取締役候補とされなかったことを不満に思って告発したもので、忠実義務に反し、会社らの信用・名誉を毀損するから、不支給の決定は相当である
委任状による議決権行使 退職慰労金は支給されるのが慣行であり、株主は可決を前提に委任状を提出したから、反対の議決権行使は委任の趣旨に反する。議決権行使者には事実に反する説明をして議決権を行使させた 退職慰労金請求権は株主総会の決議で初めて認められるもので、承認決議がない状況で請求権の侵害を理由とする不法行為は成立しない
議事運営 具体的な非違行為を指摘せず、弁明や是正の機会を与えず、議案を否決する目的で議事を進行させたもので、議長の中立性に反する(議長の中立性は控訴審で補正された主張)。閉会前に発言を求めたのに、録音データからその発言が削除されている 過半数を大きく超える議決権行使者が反対の挙手をし、混乱なく進行した。元取締役の発言は閉会後のもので、録音データは改変していない
公序良俗違反(予備的請求) 私的な制裁として否決したもので、否決の前例がなく、他の2名には支給され、経営も安定していることから、公序良俗に反し、具体的な請求権が発生した 争う

控訴審では、元取締役HSM氏が、代表取締役会長GNT氏は議案を否決することを目的として、動議について質疑の機会をとらずに可決されたと認定し、個別採決の際も出席株主に一切意見を求めず、不正についての発言がされないよう早急に議事を進行させたこと、不一致リストなどの書証から不正があったことは明らかであり、誤った前提に基づいて受任者に否決を指示したことは違法であることを、補充して主張しました。

結論を左右した争点

第一審判決は、争点を、代表取締役会長GNT氏の議事運営等に任務懈怠又は不法行為法上の違法性があるか(主位的請求)、本件決議が公序良俗に反するか(予備的請求)、損害の発生及び損害額の3点に整理しました。控訴審判決も同じ争点の整理を前提としています。

2つの審級の結論を分けたのは、次の点でした。

  1. 株主総会で退職慰労金の議案が否決され、具体的な支払請求権が発生しない場合でも、退任取締役の側に法律上保護される利益があるといえるか。
  2. 本件告発が、取締役の忠実義務や善管注意義務に反する行為であったか。
  3. 会社が不支給の方針を決めた過程と株主総会の議事の進め方を、個々の手続の当否としてみるか、一連の対応として総合的にみるか。

第一審の判断

山口地方裁判所周南支部は、元取締役HSM氏の請求をいずれも棄却しました。理由の要点は次のとおりです。

退職慰労金は、株主総会の決議がなければ請求できない

第一審判決は、取締役の退職慰労金は、在任中の職務執行の対価として支給される限り会社法361条の「報酬等」に含まれ、定款に定めがないときは株主総会の決議で定めるとしたうえで、次のように述べました。

「取締役の報酬等は、定款又は株主総会の決議によって報酬等の額が定められなければ具体的な請求権は発生せず、取締役が報酬等を請求することはできず、このことは、内規で退職慰労金の支給基準が定められ、これまで退職慰労金の支給がなされてきた慣行がある場合であっても同様というべきである。」

そして、不支給とされた前例がないからといって株主が従来の慣行等に拘束されるものではなく、退職慰労金の支給の有無、相当性等は、株主総会の自主的判断に委ねられるとしました。

白紙委任状による反対の議決権行使は、委任の趣旨に反しない

第一審判決は、委任状を提出した株主が議案に賛成であれば、委任事項欄にその旨を記載して委任の趣旨を明らかにするはずであり、その記載がなければ賛否を会社の決定に一任する趣旨であったとみるのが相当であるとしました。本件の委任状は、いずれも委任事項欄が「一切の件」などとされた白紙委任状であったことから、「いずれの株主も、〔放送事業会社RQN〕又は当該株主が受任者として指名した議決権行使者の判断に任せる趣旨で議決権の行使を委任したというのが相当である。」と判断しました。

また、受任者欄を空欄として会社に委任状を提出した株主は、議決権行使者LVN氏ではなく会社に議決権行使を委ねたのであるから、会社が議決権行使者LVN氏に説明した内容の真偽を問題とする余地はないとしました。

議事運営は著しく不当とはいえない

  • 議長が個別採決の動議に対する意見を求めたのであるから、株主に動議に対する質疑等の機会は保障されていた。
  • 反対意見が出された際に改めて意見を求めなかったとしても、直ちに議事運営が不当とはいえず、録音データによっても、議長が殊更早急に決議を決行し、株主の質疑や異論を排除しようとした事情は認められない。
  • 決議の際、株主から元取締役HSM氏の意見を聴取すべきであるなどの意見は出されておらず、明示的に弁明等の機会を与えなかったことから直ちに議事進行が著しく不当であったとはいえない。
  • 閉会宣言の前に元取締役HSM氏が意見を述べたかどうかは、既に決議がされた後であるから、決議の成否には無関係である。

コマーシャル放送の不正があったとはいえない

第一審判決は、当時のコマーシャル放送の管理は大部分が人的作業によっており、人的な過失による誤りが介在し得る状況であったことから、「何をもって不正と評価するかがまず問題となり得るものである。」と述べました。そのうえで、元取締役HSM氏が平成11年の調査に加わりながら、取締役に就任してから次期取締役候補としないことが決まるまで不正を問題としたことがなかったことは、不正があったとの主張と整合しないこと、提出された資料は作成日や作成者等に争いがあり、人的な誤りに代替放送などで対応していたことがうかがわれる記載もあることから、不正があったとまではいえないとしました。広告主団体AQSが、会社の調査結果を受けた後に是正や再調査を求めた事情がうかがわれないことにも触れています。

公序良俗違反も認められない

予備的請求について、第一審判決は、前記の請求権に関する判断を繰り返したうえで、慣行があること、他の2名には支給決議がされたことのみをもって公序良俗違反とはいえず、議事進行が著しく不当とはいえないことに会社の経営が安定していることを併せ考慮しても、「本件決議が株主総会の自主的判断に委ねられた権限を著しく逸脱したということはできない。」としました。こうして、損害について判断するまでもなく、請求をいずれも棄却しました。

控訴審の判断

広島高等裁判所は、主位的請求には理由があると判断し、第一審判決を取り消して、会社と代表取締役会長GNT氏に連帯して2,079万円の支払を命じました。控訴審判決は、退職慰労金の議案が否決された場合には具体的な支払請求権は発生しないという点では第一審判決と同じ立場に立ちながら、不法行為の成否という別の枠組みで判断し、結論を変更しています。

第一審判決の事実認定の引用と補正

控訴審判決は、前提事実と認定事実について第一審判決を引用しつつ、次の点を補正しました。いずれも、控訴審の結論を支える事実です。

  • 代表取締役会長GNT氏が、平成18年6月から社長、令和元年6月から会長を務めていたこと、本件の株主総会の議長を務めたこと
  • 広告主団体AQSが広告主を会員とする団体であること
  • 元取締役HSM氏の取締役会招集の請求は、過去のコマーシャル放送の不正についての報告等を議題とするものであったこと
  • 元取締役HSM氏が会社法366条3項に基づいて自ら招集通知を発し、6月24日に取締役会を開催しようとしたが、応じる取締役はなく開催されなかったこと
  • 元取締役HSM氏が社外に資料を送付したのは、不正を議題とする取締役会の開催を断られたためであったこと
  • 株主から受任者として指名されていたのは、代表取締役社長SWK氏、専務取締役DMN氏及び代表取締役会長GNT氏であり、会社はこれらの者と議決権行使者LVN氏に否決の方針を説明したこと。受任者を代表取締役会長GNT氏とする委任状も1万940株分あったこと
  • この間、会社は、元取締役HSM氏が指摘した不正について調査検討などを一切しておらず、本件告発に関する説明や弁明の機会も設けていなかったこと
  • 議長が個別採決の動議について行ったのは「異議の有無を諮った」ものであり、各議案について行ったのは「採決した」ものであること(第一審判決の「意見を求めたところ」との記載を改めたもの)

最後の補正は、第一審判決が、議長が動議に対する意見を求めたことを理由に質疑等の機会が保障されていたとした部分の前提に関わるものです(この点の指摘は当事務所の評価です)。

判断の枠組み―否決は原則として違法ではないが、特段の事情があれば不法行為となる

控訴審判決は、まず、会社法361条1項が退職慰労金を含む取締役の報酬等の額等を定款又は株主総会の決議で定めるとしていることから、次のとおり原則を確認しました。

「株主総会において退職慰労金支給に関する議案が否決されて、退職慰労金が支給されない結果となったとしても、それが株主の自主的な判断に基づいてされたものである限り、原則としてこれを違法ということはできない。」

そのうえで、会社と取締役との任用契約には、通常、定められた報酬を支払う旨の明示又は黙示の特約が含まれていると解されるとし、次のように述べました。

「会社が退職慰労金の算出方法について規程を定め、株主総会で退職慰労金の支給決議がされたときの金額が明確になっている場合には、退任取締役の退職慰労金支給を受けられるとの期待は、法律上保護に値する利益に当たるものと解される。」

そして、判断の枠組みを次のとおり示しました。

「株主総会において退職慰労金支給に関する議案が否決された場合には、具体的な退職慰労金の支払請求権は発生しないというほかないが、退任取締役に対する従前の退職慰労金支給の状況、今回不支給とされた理由、その相当性ないし合理性、不支給決議がされた際の審議の状況など当該決議に至った経緯、株主や会社関係者の意図等の諸事情を総合し、退職慰労金の不支給決議が退任取締役の法律上保護される利益を違法に侵害したものと認められる特段の事情があるときは、不法行為が成立するものとして、損害賠償を求めることができると解すべきである。」

本件では、元取締役の期待は法律上保護に値する利益に至っていた

控訴審判決は、規程により退職慰労金の算出方法が定められ、支給決議がされたときの金額が明確になっていることに加え、次の事情を挙げました。

  • 本件決議に至るまで、株主総会で同種の議案が否決されたことはなかったこと
  • 本件の株主総会でも、退任取締役3名のうち元取締役HSM氏を除く2名については、議案が可決承認されていること
  • 株主総会で、大多数の議決権行使を事実上会社に委ねる委任状が株主から提出されていたこと

これらを踏まえ、控訴審判決は、「〔元取締役HSM氏〕の退職慰労金支給を受けられるとの期待は、法律上保護に値する利益を有するに至っていたというべきである。」と判断しました。

本件告発は、取締役の忠実義務・善管注意義務に反しない

次に、控訴審判決は、本件告発を理由として会社が否決の方針をとったことが不法行為に当たるかを検討する前提として、本件告発が取締役の義務に反するかどうかを判断しました。まず、取締役の職務には会社の業務を監視し、これが適正に行われるようにする義務も含まれるとして、次の基準を示しました。

「取締役において会社の業務に何らかの問題があるとして、その真偽を調査確認し、あるいは問題を是正すべく採った言動に関しては、当該取締役の上記疑いが合理的なものであり、かつ、その言動が社会通念からみて相当な範囲内のものである限り、会社に対する忠実義務(会社法355条)や善管注意義務(同法330条、民法644条)に反するということはできない。」

そのうえで、次のとおり当てはめました。

  • 問題の重要性 会社は報道機関でもある放送事業者であり、コマーシャル放送の不正は民間放送事業の根幹に関わる問題であるから、20年以上前の出来事であるとはいえ、調査報告書の内容が偽装・隠蔽された可能性があるとの指摘と相まって、「会社の業務に関する問題として取り上げるべき事柄であることは明らかである。」としました。
  • 疑いの合理性 元取締役HSM氏は、平成9年の調査の過程で作成され、実際の放送と放送通知書が一致しないものをまとめたとされる不一致リストや、当時、広告主に知らせたり補償措置を講じたりしないままコマーシャルの放送時間を変更することがあったことをうかがわせるファックス連絡票などを提出しており、平成11年の調査で自らも問題の隠蔽に関わった旨の供述は具体的で相当程度の信憑性が認められるとして、不正の指摘が不合理なものとはいえないとしました。
  • 動機・目的 再任しない旨を通知されたことが不正を糾弾しようと決意させた直接の契機になったことはうかがわれるものの、自己の利益を図ろうとした事情は認められず、当初は代表取締役会長GNT氏への働きかけや取締役会の開催の要請など会社内部で問題提起しようとしていたことから、「〔放送事業会社RQN〕の業務の適正を図ろうとする動機、目的からされたものであったと評価し得る。」としました。
  • 方法の相当性 社内での提起が無視され、取締役会も開催されなかったことから社外に情報を提供したもので、資料の送付先のフリーライターは当時からこの問題を取材していた者であり、「本件告発を真摯に取り上げて報道する第三者を選択していると解される」として、みだりに会社の名誉・信用を毀損する意図目的で行ったとは評価できないとしました。

こうして、控訴審判決は、不正の指摘に不合理な点はなく、本件告発が社会通念からみて相当な範囲を逸脱する方法でされたとも認められないから、本件告発は取締役としての忠実義務ないし善管注意義務に反するものではないと判断しました。

会社の一連の対応は、本件告発への報復ないし制裁であり、不法行為となる

控訴審判決は、会社としては、不正の指摘について会社内部で検討したうえで、合理的期間内に元取締役HSM氏に対応方針等を伝え、取締役会招集の請求等にも誠実に対応すべきであったのに、会社と代表取締役会長GNT氏は、次のような対応をとったと認定しました。

  • 元取締役HSM氏からの働きかけをことごとく無視し、本件告発の後も何らの調査も行わず、弁明の機会を与えないまま、本件告発を忠実義務に反する行為であると断定したこと
  • 代表取締役会長GNT氏、代表取締役社長SWK氏、専務取締役DMN氏及び議決権行使者LVN氏が大多数の議決権行使について包括的な委任を受けていることを利用して、議案を否決するという方針を決定したこと。取締役会で支給議案の上程を決議していながら、不支給の方針を決定するに当たって取締役会で審議したとの事実は認められないこと
  • 株主総会では、不支給を相当とする具体的な理由を示さず、その当否について実質的な審議をしないまま、専務取締役DMN氏が「抽象的で漠然とした指摘」で個別採決を動議し、議長である代表取締役会長GNT氏は一貫して本件決議に向けた議事進行を行い、受任者らが方針どおりに反対の挙手をして本件決議を決行したこと
  • 本件告発は委任状の作成時には想定されなかった事態であり、本件決議は「取締役会の決議に基づく〔放送事業会社RQN〕上程の議案を、〔放送事業会社RQN〕が指名した者及び取締役らが反対して否決するという異例なもの」であるのに、株主総会の前に方針を株主に説明し、意見を聴取するなどの措置をとった事実も認められないこと

株主総会で元取締役HSM氏が発言したかどうかという争いについては、控訴審判決は、「仮に〔元取締役HSM氏〕がどのような発言をしていたとしても、上記方針に基づいて本件決議がされたことは明らかであるから、〔元取締役HSM氏〕の発言の有無が本件の結論に影響を与えるものではない。」としました。第一審判決も発言の有無は結論に影響しないとしていましたが、その理由は異なります。第一審判決は決議がされた後の発言であることを理由としたのに対し、控訴審判決は、決議が予め定められた方針に基づいてされたことを理由としています。

以上を総合して、控訴審判決は、次のように結論付けました。

「その一連の対応は、本件告発への報復ないし制裁というべきであって、〔元取締役HSM氏〕の退職金慰労金支給に関する法律上保護される期待を違法に侵害し、不法行為を構成するものと解さざるを得ない。」

引用中の「退職金慰労金」は判決本文の表記のままです。控訴審判決は、代表取締役会長GNT氏は、代表取締役会長であり株主総会の議長でもあって、会社の一連の対応の方針決定及び実行で主要な役割を果たした者であると認め、代表取締役会長GNT氏は民法709条に基づき、会社は会社法350条に基づき、損害賠償責任を負うとしました。

損害は規程による退職慰労金の額と弁護士費用

控訴審判決は、規程によれば元取締役HSM氏に支給される予定であった金額は1,890万円であり、同額が損害であると認めました。弁護士費用は、訴訟の内容及び認容額等に照らし189万円を相当因果関係のある損害としました。こうして、会社と代表取締役会長GNT氏は、連帯して2,079万円の支払義務を負うとされました。

控訴審が判断しなかった点

控訴審判決は主位的請求を認容したため、本件決議が公序良俗に反するかという予備的請求の争点については判断を示していません。また、代表取締役会長GNT氏の責任は民法709条に基づくものとされ、会社法429条1項に基づく責任や、会社の民法715条に基づく責任については、個別の判断は示されていません。

審級ごとの結論の推移

項目 第一審(山口地方裁判所周南支部令和5年3月20日判決) 控訴審(広島高等裁判所令和5年11月17日判決)
具体的な退職慰労金請求権 株主総会の決議がなければ発生しない。内規と慣行があっても同様 議案が否決された場合には発生しない(第一審と同じ立場)
退任取締役の期待 独立の判断は示していない 規程により金額が明確な場合は法律上保護に値する利益に当たる。本件ではその利益を有するに至っていた
本件告発の評価 不正があったとまではいえない。在任中に問題としなかったことは主張と整合しない 疑いは合理的で、方法も社会通念上相当であり、忠実義務・善管注意義務に反しない
委任状による反対の議決権行使 白紙委任状であり、委任の趣旨に反しない 包括的な委任を受けていることを利用して否決の方針を実行したものと評価
議事運営 個々の点を検討し、著しく不当とはいえない 実質的な審議をしないまま、予め定めた方針どおりに一貫して否決に向けて進行
主位的請求(損害賠償2,079万円) 棄却 認容(代表取締役会長は民法709条、会社は会社法350条)
予備的請求(規程に基づく1,890万円) 棄却(公序良俗違反は認められない) 主位的請求を認容したため判断していない
訴訟費用 元取締役の負担 第1審、第2審とも会社と代表取締役会長の負担

控訴審は、第一審判決の事実認定を引用しつつ補正し、法的な判断を変更して、結論を逆転させました。

主文及び結論

第一審判決の主文は、「原告の請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は、原告の負担とする。」というものです(「原告」は元取締役HSM氏を指します)。

控訴審判決の主文は、「原判決を取り消す。」「被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して2079万円及びこれに対する令和2年6月26日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。」「訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。」というものです(「被控訴人ら」は放送事業会社RQNと代表取締役会長GNT氏を、「控訴人」は元取締役HSM氏を指します)。最終的に、元取締役HSM氏の主位的請求が全額認められました。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。最終的な判断である控訴審判決を基準とし、第一審判決の判断が改められた点はその旨を示します。

参考となる点

  • 株主総会で否決されても、損害賠償の道が残ること。控訴審判決は、議案が否決された場合に具体的な退職慰労金の支払請求権が発生しないことを前提としつつ、不法行為に基づく損害賠償として、規程による退職慰労金相当額の全額を認めました。退職慰労金を支払われなかった元役員の側からみると、株主総会で否決されればそれで終わりとは限らないことを示した例です。第一審判決は請求権の発生の問題として判断して請求を退けており、この点で控訴審判決は判断の枠組みを改めています。
  • 規程で金額が明確であることが、保護される期待の基礎になったこと。控訴審判決は、規程により算出方法が定められ、支給決議がされたときの金額が明確になっていることを、期待が法律上保護に値する利益に当たる理由として挙げました。本件では、否決の前例がないこと、同じ総会で他の退任取締役2名には支給が可決されたこと、大多数の議決権行使が事実上会社に委ねられていたことも、あわせて考慮されています。
  • 会社が不支給の理由とした行為が、本当に取締役の義務違反かが問われたこと。会社は本件告発を忠実義務違反と判断して否決の方針をとりましたが、控訴審判決は、疑いが合理的で、言動が社会通念からみて相当な範囲内のものであれば、忠実義務や善管注意義務に反しないとの基準を示し、本件告発はこれに当たるとしました。在任中の言動を理由に退職慰労金を支給されなかった場合、会社がその言動をどのように調査し、評価したかが重要な争点になり得ることを示しています。
  • 手続の一つ一つではなく、一連の対応が評価されたこと。第一審判決は、委任状の扱い、動議の扱い、弁明の機会などを個別に検討して、いずれも著しく不当とはいえないとしました。控訴審判決は、会社が調査も弁明の機会もないまま否決の方針を決め、包括的な委任を利用して、実質的な審議をしないまま決議を成立させたという経過を全体としてみて、報復ないし制裁と評価しています。
  • 代表取締役個人の責任も認められたこと。控訴審判決は、議長でもあった代表取締役会長が一連の対応の方針決定及び実行で主要な役割を果たしたとして、会社と連帯して民法709条の責任を負うとしました。

一般化できない点

  • 控訴審判決は、「特段の事情」があるときに不法行為が成立するとしています。本件では、規程による金額の明確さ、否決の前例がないこと、同じ総会で他の2名には支給されたこと、本件告発が義務違反に当たらないこと、会社が調査も弁明の機会もなく方針を決めたこと、総会で実質的な審議がなかったことなど、多くの事情が重なっていました。退職慰労金が支給されなかった場合に、一般に不法行為が成立するという趣旨ではありません。
  • 規程がなく金額が明確でない場合や、支給の前例がまちまちである場合、株主が会社と離れて独自の判断で議決権を行使した場合には、期待が法律上保護に値する利益に当たるかどうか、また不法行為が成立するかどうかの判断が異なり得ます。
  • 本件告発が義務違反に当たらないとされたのは、問題の重要性、資料と供述による疑いの合理性、社内での提起を先に試みたこと、送付先の選び方などの具体的な事情によるものです。社外への情報提供が一般に許されるとしたものではありません。なお、2つの判決は、公益通報者保護法には触れていません。
  • 控訴審判決は、コマーシャル放送の不正が実際にあったと認定したものではありません。元取締役HSM氏の指摘が不合理なものとはいえないと判断したものです。
  • 控訴審判決は、本件決議が公序良俗に反し規程に基づく請求権が発生するかという予備的請求の争点や、代表取締役会長の会社法429条1項に基づく責任については判断していません。
  • 上告又は上告受理の申立ての有無及び控訴審判決の確定は、確認できていません。

よくあるご質問

株主総会で退職慰労金の議案が否決されたら、もう何も請求できないのですか。

否決された場合には、具体的な退職慰労金の支払請求権は発生しないというのが、2つの判決に共通する立場です。もっとも、控訴審判決は、規程で金額が明確になっている場合の退任取締役の期待は法律上保護に値する利益に当たるとし、不支給決議がその利益を違法に侵害したと認められる特段の事情があるときは、不法行為に基づく損害賠償を求めることができるとしました。本件では、規程による退職慰労金相当額の全額と弁護士費用が認められています。

会社の不正を指摘したことを理由に退職慰労金を支給されなかった場合、どのような事情が問題になりますか。

控訴審判決は、まず、不正の指摘が取締役の忠実義務や善管注意義務に反するかどうかを検討し、疑いが合理的であり、言動が社会通念からみて相当な範囲内であれば義務違反にならないとしました。本件では、問題の重要性、資料や供述の具体性、会社内部で先に問題提起を試みたこと、情報の提供先の選び方などが考慮されました。そのうえで、会社が調査や弁明の機会を設けたか、株主総会で具体的な理由を示して実質的な審議をしたかが問われています。

委任状を集めた会社側の役員が反対票を投じて否決した場合でも、株主総会の判断として尊重されるのですか。

第一審判決は、白紙委任状を提出した株主は賛否を会社や受任者に任せたのであるから、反対の議決権行使は委任の趣旨に反しないとしました。控訴審判決は、委任状による議決権行使そのものを違法としたわけではありませんが、会社が大多数の議決権について包括的な委任を受けていることを利用して、予め決めた不支給の方針どおりに決議を成立させた経過を、不法行為の成立を基礎付ける事情の一つとして評価しました。会社が上程した議案を会社が指名した者らが反対して否決した点は、「異例なもの」とされています。

役員退職慰労金規程がない会社でも、同じように損害賠償を求められますか。

控訴審判決は、規程により算出方法が定められ、支給決議がされたときの金額が明確になっていることを、期待が法律上保護に値する利益に当たる理由として挙げています。規程がない場合や金額が明確でない場合は、本判決の考え方をそのまま当てはめることはできず、従前の支給の状況などの具体的な事情を踏まえた検討が必要になります。

損害賠償の相手方として、会社のほかに代表取締役個人も含まれますか。

本件では、代表取締役会長が、株主総会の議長でもあり、会社の一連の対応の方針決定及び実行で主要な役割を果たしたとして、民法709条に基づき会社と連帯して責任を負うとされました。誰が不支給の方針を決め、どのように実行したかによって、個人の責任が問題になり得ます。

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