役員退職慰労金の株主総会決議がされない場合に請求する道筋

役員退職慰労金の株主総会決議がされない場合に請求する道筋

「退任してから1年が経つのに、会社が株主総会の議題に上げてくれません」「先代から口頭で金額を聞かされていましたが、決議がないと言われて支払を断られました」「支給規程はあるはずなのに、決議がないので払えないの一点張りです」。役員退職慰労金の未払をめぐるご相談の多くは、この形で始まります。

本記事では、株主総会の決議がされていない状態で、退任した役員が何を主張し、どの順序で動くことになるのかを整理します。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、双方の主張の立て方を承知しています。本記事は、支払を求める側の方に向けたものです。

結論 「支払え」を求める前に「決議をせよ」を求める道筋を立てます

役員退職慰労金は、原則として、株主総会の決議によって初めて具体的な請求権となります。したがって、決議がされていない段階で会社に対し「支払え」とだけ述べても、会社は「決議がないため支払うことができません」と応じるにとどまり、議論が前に進みません。

まず立てるべき道筋は、次の3本です。

道筋 内容 主として用いる場面
第1の道筋 決議を得るための働きかけを行う 支給規程も慣行も明確でない場合
第2の道筋 支給規程又は支給の慣行を根拠として、決議を経ずに具体的請求権が生じていると主張する 規程が存在し、算定方法が定められている場合
第3の道筋 既に決議又はこれに準ずる合意が存在することを立証する 議事録、稟議書、覚書等が存在する場合

いずれの道筋を主として選ぶかは、資料の状況によって決まります。3本を排他的に選ぶのではなく、並行して準備を進め、資料の出方に応じて重心を移すのが実際です。

役員退職慰労金がなぜ株主総会の決議を要するのか

役員退職慰労金は「報酬等」に含まれます

取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)は、定款にその額を定めていないときは、株主総会の決議によって定めなければならないとされています(会社法第361条第1項)。役員退職慰労金は、在任中の職務執行の対価としての性質を有すると解されており、同項の「報酬等」に含まれるものとして扱われています。この点は判例法理によります。

監査役の報酬等についても、定款にその額を定めていないときは株主総会の決議によって定めるものとされています(会社法第387条第1項)。監査役の役員退職慰労金も、これと同様に扱われます。

なぜ株主総会の決議が要求されるのか

会社と役員との関係は委任に関する規定に従うとされています(会社法第330条)。委任は原則として無報酬とされていますが(民法第648条第1項)、会社と役員との間では報酬を支払う旨の合意が置かれるのが通常です。

もっとも、報酬の額を役員自身が決めることができるとすれば、役員が会社の財産を自らに配分することを許すことになります。この弊害(お手盛りの弊害)を防ぐため、報酬等の額の決定を株主の判断に委ねたのが会社法第361条第1項です。役員退職慰労金は在任期間全体に対する対価として金額が大きくなりやすく、この趣旨が最も強く及ぶ場面といえます。

決議がない場合の帰結

報酬等について定款の定めも株主総会の決議もない場合には、役員は会社に対して報酬を請求することができないと解されています。この点は最高裁判所昭和39年12月11日判決の示すところであり、その後の実務もこれを前提としています。

したがって、決議がない状態は、単なる手続の遅れではなく、請求権の発生そのものに関わる問題です。「後で決議すればよい」と述べて先延ばしにされている間に、退任から年数が経過してしまう事案が少なくありません。

実務上よく起きる問題

会社が総会を開かないという形での引き延ばし

中小の同族会社では、株主総会が実際には開催されず、書面のみが作成されている例が珍しくありません。退任した役員が支払を求めると、「次の定時株主総会で議題に上げる」と述べたまま、その定時株主総会でも上程されない、という状態が繰り返されます。

この引き延ばしは、消滅時効との関係で、支払を求める側に不利に働き得ます。時間の経過そのものが会社側にとって有利な要素となる構造がありますので、漫然と待つという対応は避けるべきです。

「決議はしたが金額は決まっていない」と説明される

株主総会において、支給の枠組みのみを決議し、具体的な金額、支払の時期及び方法の決定を取締役会に一任する決議がされている場合があります。この場合、一任決議が有効であると認められるためには、一定の支給基準が存在し、その基準に従って金額が決定されることが前提とされていると解されています。この点は判例法理によりますので、決議の文言と支給基準の内容を個別に検討する必要があります。

一任決議がされたにもかかわらず取締役会が金額を決定しないという事態は、しばしば生じます。この場合、株主総会の決議は既に存在しますので、争点は「決議の有無」ではなく「取締役会が決定義務を履行しないこと」に移ります。

支給規程の存在自体を否定される

役員退職慰労金支給規程が存在するにもかかわらず、会社が「そのような規程はない」「既に廃止された」と説明することがあります。規程は登記事項ではなく、公的に確認する方法がありません。退任した役員の手元に写しが残っていない場合、まずその入手が課題となります。

先代の約束が世代交代により覆される

創業者が退任するに際して支給の約束がされていたものの、後継の代表者が就任した後にこれが履行されない、という事案が多く見られます。この類型では、当事者間の感情の対立が背景にあることが通例です。感情の問題と法的な請求とを切り分け、決議、規程、支給実績という客観的な資料に基づいて進めることが要点となります。

「会社に資金がない」という説明

会社の資力を理由とする支払の拒絶は、請求権の存否とは別の問題です。請求権が発生している以上、資力がないことは支払を免れる法律上の理由とはなりません。もっとも、現実の回収可能性には影響しますので、会社の財務状況の把握は並行して行う必要があります。

検討する選択肢

選択肢の全体像

選択肢 内容 前提となる要件 留意点
任意の請求 会社に対し、書面で決議及び支払を求める 特にありません 時効の完成猶予の効果は催告として6か月にとどまります(民法第150条第1項)
株主総会の招集の請求 株主として会社に総会の招集を請求する 元役員が株主であり、議決権要件を満たすこと(会社法第297条) 元役員が株主でない場合には用いることができません
支給規程に基づく請求 規程及び決議の存在を前提に、具体的請求権の発生を主張する 規程の存在及び内容の立証 判例法理により、規程の性質及び決議との関係を個別に検討します
支給の慣行に基づく請求 過去の支給実績から、支給の基準が確立していたと主張する 複数の支給実績及びその一貫性 実績の把握には資料の収集を要します
訴訟の提起 会社を被告として、役員退職慰労金の支払を求める訴えを提起する 請求原因の構成が可能であること 決議がない場合の主張の組み立てが要点となります
責任追及 決定を怠る取締役個人に対する責任を検討する 会社法第429条第1項の要件 会社の資力が乏しい場合の補完的な手段です

株主でもある元役員の場合

退任した役員が同時に株主でもある場合には、株主としての権利を用いることができます。総株主の議決権の100分の3以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主は、取締役に対し、会議の目的である事項及び招集の理由を示して、株主総会の招集を請求することができます(会社法第297条第1項。公開会社でない株式会社については、6か月の保有期間の要件は課されません。同条第2項)。請求の後、遅滞なく招集の手続が行われない場合等には、裁判所の許可を得て自ら招集することができます(同条第4項)。

この手続は、役員退職慰労金の議案を株主総会に上程させるための、法律上の正面からの手段です。もっとも、議案が上程されても、議決権の多数を会社側が握っている場合には否決されることがあります。否決されたという事実自体が、次の主張の前提となる場面もあります。

株主でない元役員の場合

非上場株式を保有していない、又は保有していても議決権要件を満たさない場合には、会社法第297条の手続を用いることができません。この場合には、支給規程又は支給の慣行を根拠とする請求の組み立てが中心となります。

あわせて、会社に対し、決議を行うよう書面で求めたうえで、応答がない場合には訴訟の提起を検討することになります。訴訟においては、決議がない状態をどのように評価するかが正面からの争点となります。

資料の収集の手段

資料 入手の手段 根拠
株主総会議事録 株主又は債権者として閲覧謄写を請求する 会社法第318条第4項
取締役会議事録 株主として閲覧謄写を請求する(裁判所の許可を要する場合があります) 会社法第371条第2項、第3項
計算書類等 株主又は債権者として閲覧謄写を請求する 会社法第442条第3項
会計帳簿等 議決権の100分の3以上を有する株主として請求する 会社法第433条第1項
登記事項証明書 誰でも交付を請求することができます 商業登記の制度によります
会社が保有する文書 訴訟において文書提出命令の申立てを行う 民事訴訟法第219条から第223条まで
第三者が保有する情報 弁護士会を通じた照会を行う 弁護士法第23条の2

役員退職慰労金の未払を主張する元役員は、会社に対する債権者としての地位を主張し得る立場にありますので、計算書類等の閲覧謄写の請求(会社法第442条第3項)については、債権者としての請求を検討する余地があります。もっとも、会社が債権の存在自体を争う場合には、この点も争いとなり得ます。

案件で確認すべき事項

最初に確認する10項目

番号 確認事項 確認の方法
1 退任の年月日及び退任の事由 登記事項証明書
2 在任期間及び役位の変遷 登記事項証明書、辞令
3 退任前の役員報酬の月額 源泉徴収票、報酬支払の記録
4 役員退職慰労金支給規程の有無及び内容 手元の写し、会社への開示の求め
5 過去の他の役員に対する支給の実績 計算書類、社内の記録、関係者の記憶
6 支給に関する株主総会の決議の有無 株主総会議事録
7 取締役会への一任決議の有無 株主総会議事録
8 支給の約束に関する書面の有無 覚書、念書、往復の書簡、電子メール
9 会社の株主構成 株主名簿、法人税申告書別表二
10 会社の財務状況 計算書類、不動産の登記事項証明書

消滅時効の確認

役員退職慰労金の請求権は、債権として消滅時効に服します。債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。

起算点をいつと考えるかは、この類型における重要な争点です。株主総会の決議がされていない事案では、そもそも権利を行使することができる状態が到来していないと主張し得る余地があります。他方で、会社側は退任の時を起算点として主張してくることが想定されます。いずれの立場を採るかにより、請求できるかどうかの結論が変わり得ますので、退任から年数が経過している場合には、早期に検討を行う必要があります。

時効の完成が迫っている場合に採り得る手段の概要は、次のとおりです。

手段 効果 根拠
裁判上の請求 その事由が終了するまでの間、時効の完成が猶予されます 民法第147条第1項
催告 催告の時から6か月を経過するまでの間、時効の完成が猶予されます 民法第150条第1項
協議を行う旨の書面による合意 一定の期間、時効の完成が猶予されます 民法第151条
会社による承認 時効が更新され、新たに進行を始めます 民法第152条第1項

催告を繰り返しても、猶予の効果は重ねて生じません(民法第150条第2項)。催告により得られる6か月は、訴訟提起の準備のための時間と位置付けるべきものです。

使用人を兼ねる取締役の場合

取締役でありながら、部長等の使用人としての地位を併有していた場合には、役員としての役員退職慰労金と、使用人としての退職金とを分けて検討することになります。使用人としての退職金は、退職金規程の適用の有無により判断され、退職手当の請求権の消滅時効は5年とされています(労働基準法第115条)。適用される規程も、時効の期間も、主張の組み立ても異なりますので、区別して整理する必要があります。

弁護士にご相談いただく意味

決議がされていない事案の難しさは、「会社が動かないこと」そのものを法的な主張に翻訳しなければならない点にあります。手元に資料がなく、会社が資料を出さないという状況で、何を、どの順序で、どの手続によって求めるかを組み立てる作業が必要となります。

弁護士は、元役員の代理人として、次の作業を行います。

  • 登記事項証明書、計算書類その他の入手可能な資料による事実関係の確定
  • 支給規程、支給の慣行、決議の存否に関する主張の組み立て
  • 会社に対する書面による請求及び資料の開示の求め
  • 会社法上の各種の閲覧謄写の請求
  • 消滅時効の管理及び完成猶予の措置
  • 訴訟その他の裁判所の手続の遂行

なお、具体的な請求の順序、資料の提示の時期、会社の反応に応じた主張の組み替え方は、株主構成、財務状況、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示していません。

当事務所は、役員退職慰労金及び役員の解任の分野を継続して取り扱っており、会社の側の代理人となる案件も引き受けています。会社がどのような反論を組み立てるかを承知していることが、支払を求める側の代理人としての作業にも生きています。

よくあるご質問

質問1 株主総会の決議がなければ、役員退職慰労金は一切請求できないのですか。

原則としては、定款の定め又は株主総会の決議がなければ具体的な請求権は生じないと解されています。もっとも、支給規程が存在し、これに従って算定される旨の決議がされている場合や、支給の基準が慣行として確立していると認められる場合には、請求し得る余地があります。結論は資料の状況により異なりますので、規程及び過去の支給実績の確認から始めることになります。

質問2 会社が「次の総会で決める」と述べたまま何年も経過しています。時効は進んでいますか。

起算点をどう考えるかにより結論が分かれます。決議がされていない以上、権利を行使することができる状態が到来していないと主張し得る余地があります。他方で、会社側は退任の時を起算点として主張することが想定されます。年数が経過している場合には、時効の完成猶予の措置を検討したうえで進めることになります。

質問3 非上場株式を持っていない元役員でも、株主総会の開催を求めることはできますか。

会社法第297条の株主総会の招集の請求は、株主に認められた権利ですので、非上場株式を保有していない元役員は用いることができません。この場合には、会社に対する書面による求めと、支給規程又は支給の慣行を根拠とする請求の組み立てが中心となります。

質問4 金額はどのように決まるのですか。

支給規程がある場合には、規程の定める算定方法によります。一般には、退任時の月額報酬に在任年数及び役位に応じた倍率(功績倍率)を乗じる方法が用いられることが多いといえます。規程がない場合には、過去の支給実績との均衡、在任期間、功績の内容等を踏まえた主張を組み立てることになります。

質問5 会社ではなく、支払を拒んでいる代表者個人に請求することはできますか。

役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うとされています(会社法第429条第1項)。この規定による請求を検討する余地はありますが、要件は限定されており、会社に対する請求とあわせて位置付けを検討する必要があります。

質問6 先代の父が亡くなりました。父が受け取るはずであった役員退職慰労金を、遺族が請求できますか。

具体的な請求権が既に発生していた場合には、相続の対象となり、相続人が承継します(民法第896条)。他方、生前に決議がされていない場合には、請求権の発生自体が争点となります。死亡役員退職慰労金として支給される場合の受給権者の定めがあるときは、また別の検討を要します。

本記事における非開示事項について

会社に対する請求の具体的な進め方、資料の開示を求める順序、会社の反論に応じた主張の組み替え方は、株主構成、財務状況、従前の経緯、関係者の人間関係等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開していません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、役員退職慰労金の未払に関するご相談をお受けしています。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っています。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • ご相談は事前予約制です

ご相談に際しましては、登記事項証明書、役員退職慰労金支給規程の写し、株主総会議事録の写し、退任前の役員報酬額が分かる資料、会社との往復の書面をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしています。課税関係については税理士にご確認ください。

本記事の根拠条文

会社法 第297条第1項・第2項・第4項(株主による株主総会の招集の請求)、第318条第4項(株主総会議事録の閲覧謄写)、第330条(株式会社と役員との関係)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第371条第2項・第3項(取締役会議事録の閲覧謄写)、第387条第1項(監査役の報酬等)、第429条第1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)、第433条第1項(会計帳簿等の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)

民法 第147条第1項(裁判上の請求等による時効の完成猶予)、第150条第1項・第2項(催告による時効の完成猶予)、第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、第152条第1項(承認による時効の更新)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第648条第1項(受任者の報酬)、第896条(相続の一般的効力)

労働基準法 第115条(時効)

民事訴訟法 第219条から第223条まで(書証及び文書提出命令)

弁護士法 第23条の2(報告の請求)

判例法理による部分 役員退職慰労金が会社法第361条第1項の報酬等に含まれること、定款の定め又は株主総会の決議がない場合に報酬を請求することができないこと(最高裁判所昭和39年12月11日判決)、支給基準に従うことを前提とする取締役会への一任決議の効力については、判例法理によります。個別の事案における適用は、決議の文言及び支給基準の内容により異なります。

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