代替わりの後に先代への支給の約束が覆された場合の対応

代替わりの後に先代への支給の約束が覆された場合の対応

「息子に社長を譲るときに、役員退職慰労金として一定額を支払うと話がついていました」「引継ぎのために無報酬で数年働いた後、いざ請求すると『そんな約束は知らない』と言われました」「会社の非上場株式は既に譲っており、今は株主でもありません」。事業承継の後に生じる役員退職慰労金の紛争は、この形をとることが多くあります。

本記事では、代替わりの後に支給の約束が履行されない場合の対応を整理します。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っています。本記事は、支払を求める側の方に向けたものです。

結論 感情の対立と法的な請求とを切り分けます

この類型の最大の特徴は、当事者が親子、兄弟その他の親族であることです。そのため、紛争の実質が感情の対立にありながら、表向きは金銭の請求という形をとります。

対応の要点は、次の3点です。

要点 内容
第1 感情の問題と法的な請求とを切り分け、客観的な資料に基づいて主張を組み立てます
第2 決議、支給規程、支給の実績という3つの柱のうち、どれが使えるかを早期に確定します
第3 株式、貸付金、個人保証、不動産の賃貸借等、他に残っている法律関係を同時に整理します

第3の点は、この類型に特有です。先代は、役員退職慰労金のほかに、会社に対する貸付金、会社の借入れの個人保証、会社に賃貸している不動産、保有したままの株式といった法律関係を残していることが多く、これらを切り離して役員退職慰労金だけを解決することは、実際には難しい場合があります。

支給の約束の法的な位置付け

約束の相手方は誰か

まず確認すべきは、約束をしたのが誰かという点です。

約束をした者 法的な位置付け 請求の相手方
株主総会(決議として) 会社法第361条第1項による報酬等の決定 会社
取締役会(一任決議に基づく決定として) 具体的な金額の決定 会社
後継者個人(代表取締役として) 会社の意思表示と評価し得る場合があります 会社。要件により後継者個人
後継者個人(個人としての約束) 個人間の合意 後継者個人

中小の同族会社では、代表取締役が述べたことが会社の決定と同視される運用が続いていることが多く、後になって「あれは個人としての発言であって会社の決定ではない」と主張されることがあります。約束がされた場面、同席者、その後の会社の対応の記録を整理する必要があります。

株主総会の決議との関係

役員退職慰労金は、定款にその額を定めていないときは、株主総会の決議によって定めなければならない報酬等に含まれると解されています(会社法第361条第1項)。この点は判例法理によります。したがって、後継者個人が「支払う」と述べただけでは、会社に対する具体的な請求権が当然に生じるとは限りません。

もっとも、次の各場合には、請求権の発生を主張し得る余地があります。

  • 支給規程が存在し、これに従って支給する旨の株主総会の決議がされている場合
  • 株主総会において支給を決議し、金額の決定を取締役会に一任する決議がされている場合
  • 実質的に全ての株主が同意していたと評価し得る場合
  • 支給の基準が慣行として確立していたと認められる場合

同族会社では、株主が数名にとどまることが多く、実際には株主全員が了解していたと評価し得る事案があります。この点の立証が要点となります。

無報酬又は低額の報酬で引継ぎに従事した期間の扱い

代表取締役を退いた後も、会長、相談役、顧問等の肩書で引継ぎに従事し、その間の報酬が無報酬又は著しく低額とされている例があります。この期間について、役員退職慰労金の算定上どのように評価するかが争われます。

役員として在任していた期間であれば、退任の時期は登記により確定します。他方、顧問等として会社と契約していた期間については、その契約の性質(委任か、雇用か、業務委託か)により扱いが異なります。契約書、報酬の支払の記録、社会保険の加入状況、業務の実態を確認します。

実務上よく起きる問題

書面が一切残っていない

「親子の間で書面など作らなかった」という事案が最も多く見られます。約束の存在自体が争点となりますので、次の資料を積み上げることになります。

資料 示し得る事項
事業承継の際に作成された計画書、税理士が作成した試算表 役員退職慰労金の支給が前提とされていたこと
役員退職慰労引当金の計上 会社が支給を見込んでいたこと
金融機関に提出された事業計画書 支給の予定が対外的にも示されていたこと
家族又は関係者の陳述 約束がされた場面
電子メール、手紙、写真、手帳 時期及び内容
保険契約(役員退職慰労金の準備を目的とするもの) 支給の準備が行われていたこと

事業承継に際して税理士が関与している場合、役員退職慰労金の支給を織り込んだ試算が行われていることが多く、その資料が有力な手掛かりとなります。

支給の直前に金額を大幅に減らされる

「会社の資金繰りが厳しいので、当初の話の半分にしてほしい」と提示される事案があります。減額に応じるかどうかは、資料の状況、時効の状況、会社の資力、他の法律関係との兼ね合いを踏まえた判断となります。減額に応じる旨を安易に述べると、その後の主張に影響しますので、回答の前にご相談ください。

「先代の在任中の経営に問題があった」と主張される

後継者が、先代の在任中の経営判断、資金の使途、私的な支出等を持ち出し、これを理由に支給を拒み、あるいは損害賠償との相殺を主張することがあります。この場合、役員退職慰労金の請求とは別に、責任の有無が争点となります。会社が役員に対して損害賠償を請求するには、任務懈怠等の要件を満たす必要があります(会社法第423条第1項)。主張の当否は、当時の資料により検討することになります。

株式が残っていることが交渉を複雑にします

先代が非上場株式を保有したままである場合、会社又は後継者は、役員退職慰労金の支払と株式の買取りとを一体の取引として扱おうとすることがあります。これは、先代にとって有利にも不利にも働き得ます。株式の評価の問題が加わることにより、金額の議論が複雑になる一方、株式の買取りを求める立場が交渉上の意味を持つこともあります。株式の問題は、当法人が運営する他の情報提供のページにおいても取り扱っています。

先代が死亡した後に紛争となる

先代が請求をしないまま死亡し、相続人が請求する事案があります。具体的な請求権が既に発生していた場合には、相続の対象となります(民法第896条)。他方、決議がされていない場合には、請求権の発生自体が争点となります。相続人が複数である場合には、可分債権として各相続人が相続分に応じて請求し得るのか、遺産分割の対象となるのかという整理も必要です。

検討する選択肢

選択肢 内容 前提 留意点
任意の請求 会社に対し書面で支払を求める 特にありません 催告による時効の完成猶予は6か月にとどまります
決議を求める 株主として総会の招集を請求する 株主であり議決権要件を満たすこと(会社法第297条) 非上場株式を既に譲渡している場合には用いることができません
支給規程に基づく請求 規程及び決議を根拠とする 規程の存在の立証 判例法理により個別に検討します
個人に対する請求 後継者個人に対して請求する 個人としての合意の成立、又は会社法第429条第1項の要件 要件が限定されます
訴訟の提起 会社を被告として支払を求める 請求原因の構成が可能であること 立証の設計が要点となります
一体的な解決 株式、貸付金、個人保証を含めて交渉する 双方に解決の意思があること 全体の均衡を検討します

一体的な解決という視点

この類型では、役員退職慰労金のみを取り出して争うよりも、次の各項目を一覧にしたうえで全体の解決を図るほうが、結果として早期に決着する場合があります。

項目 確認すべき内容
役員退職慰労金 決議、規程、支給実績、金額
未払の役員報酬 在任中の未払及び減額の有無
会社に対する貸付金 残高、返済の合意、消滅時効
会社の借入れの個人保証 保証契約の有無、解除の可否
会社に賃貸している不動産 賃貸借契約の内容、賃料の水準
保有している株式 株式数、譲渡制限の有無、評価
会社が加入している保険 契約者、被保険者、受取人、解約返戻金
社宅、社用車等 使用の継続の可否

もっとも、一体的な解決を目指すことが常に有利とは限りません。どの項目を交渉の対象とし、どの項目を切り離すかは、事案により判断が分かれます。

案件で確認すべき事項

番号 確認事項 資料
1 代表取締役の交代の時期及び先代の退任の時期 登記事項証明書
2 退任後も役員として在任した期間の有無 登記事項証明書
3 顧問、相談役等としての契約の有無 契約書、報酬の支払の記録
4 支給規程の有無及び内容 手元の写し、会社への求め
5 支給に関する株主総会の決議の有無 株主総会議事録
6 事業承継の際に作成された資料 事業承継計画書、税理士の試算表
7 役員退職慰労引当金の計上の有無 計算書類、附属明細書
8 現在の株主構成 株主名簿、法人税申告書別表二
9 会社に対する貸付金及び個人保証の状況 金銭消費貸借契約書、保証契約書
10 退任からの経過期間 登記事項証明書

消滅時効の注意

債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。この類型では、「そのうち払うと言われて待っていた」という経過をたどることが多く、退任から相当の年数が経過した後に相談に至る例が目立ちます。

時効の完成が近い場合の手段は、次のとおりです。

手段 効果 根拠
裁判上の請求 事由が終了するまで完成が猶予されます 民法第147条第1項
催告 催告の時から6か月間、完成が猶予されます 民法第150条第1項
協議を行う旨の書面による合意 一定の期間、完成が猶予されます 民法第151条
会社による承認 時効が更新されます 民法第152条第1項

会社又は後継者が「払うつもりはある」と述べた場合、それが債務の承認に当たると評価されれば、時効が更新されます。発言の記録を残しておくことに意味があります。

弁護士にご相談いただく意味

親族間の紛争では、当事者どうしの直接のやりとりが、感情の応酬に転じやすいという事情があります。代理人が入ることにより、やりとりが書面と法的な論点に整理され、議論の対象が「約束したかどうか」から「資料により何が認められるか」に移ります。

弁護士は、先代又はその相続人の代理人として、事実関係の確定、資料の入手、主張の組み立て、会社及び後継者との交渉、必要に応じた訴訟の遂行を行います。また、株式、貸付金、個人保証を含む全体の整理についても、あわせて検討いたします。

なお、交渉の具体的な進め方、提示の順序、他の項目との組合せ方は、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示していません。

当事務所は、役員退職慰労金及び役員の解任の分野を継続して取り扱っており、会社の側の代理人となる案件も引き受けています。後継者の側がどのような反論を組み立てるかを承知していることが、先代の側の代理人としての作業にも生きています。

よくあるご質問

質問1 書面が何も残っていません。それでも請求できますか。

書面がない事案でも、事業承継の際の資料、引当金の計上、税理士の試算、関係者の陳述等により、支給が前提とされていたことを積み上げる余地があります。まず手元の資料を網羅的に確認することから始めます。

質問2 既に非上場株式を全部譲渡しています。不利になりますか。

株主としての権利(総会の招集の請求、会計帳簿等の閲覧謄写の請求)を用いることができなくなりますので、資料の入手の面では不利に働きます。他方、役員退職慰労金の請求そのものは、株主であるかどうかとは別の問題です。債権者としての閲覧等の請求を検討することになります。

質問3 後継者である息子個人に請求することはできますか。

個人としての合意が成立していたと認められる場合、又は役員等がその職務を行うについて悪意若しくは重大な過失があったことにより第三者に損害を生じさせたと認められる場合(会社法第429条第1項)には、個人に対する請求を検討する余地があります。要件は限定されています。

質問4 「会社に金がない」と言われています。

資力がないことは、請求権の存否とは別の問題です。もっとも、現実の回収可能性には影響しますので、計算書類、不動産の登記事項証明書等により会社の財産の状況を確認したうえで、支払の時期及び方法を含めた解決を検討することになります。

質問5 先代が亡くなりました。遺族が請求できますか。

具体的な請求権が既に発生していた場合には、相続により承継されます(民法第896条)。決議がされていない場合には、請求権の発生自体が争点となります。相続人が複数である場合の権利の行使の方法についても、あわせて整理する必要があります。

質問6 役員退職慰労金と株式の買取りを一緒に解決したほうがよいですか。

一体的な解決が早期の決着につながる事案もありますが、常にそうとは限りません。項目ごとの見通し、資料の状況、時効の状況を踏まえて判断すべき事項です。

本記事における非開示事項について

交渉の具体的な進め方、提示の順序、他の法律関係との組合せ方は、株主構成、財務状況、親族間の関係、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開していません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、事業承継に伴う役員退職慰労金の未払に関するご相談をお受けしています。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っています。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • ご相談は事前予約制です

ご相談に際しましては、登記事項証明書、事業承継の際に作成された資料、支給規程の写し、株主総会議事録の写し、源泉徴収票、会社との往復の書面をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしています。課税関係については税理士にご確認ください。

本記事の根拠条文

会社法 第297条第1項(株主による株主総会の招集の請求)、第318条第4項(株主総会議事録の閲覧謄写)、第330条(株式会社と役員との関係)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第371条第2項・第3項(取締役会議事録の閲覧謄写)、第423条第1項(役員等の会社に対する損害賠償責任)、第429条第1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)、第433条第1項(会計帳簿等の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)

民法 第147条第1項(裁判上の請求等による時効の完成猶予)、第150条第1項(催告による時効の完成猶予)、第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、第152条第1項(承認による時効の更新)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第896条(相続の一般的効力)

判例法理による部分 役員退職慰労金が会社法第361条第1項の報酬等に含まれること、支給基準に従うことを前提とする取締役会への一任決議の効力、株主全員の同意が認められる場合の取扱いについては、判例法理によります。個別の事案における適用は、決議の文言、株主構成及び資料の状況により異なります。

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