譲渡代金の一部を退職慰労金として受け取る合意の構造

項目 内容
記事番号 RL43(M&Aに伴う退職慰労金。主要記事・受任直結記事)
表題 譲渡代金の一部を退職慰労金として受け取る合意の構造
スラッグ jyoto-daikin-taishokuirokin-kozo
想定ディレクトリ /archives/jyoto-daikin-taishokuirokin-kozo/
主キーワード 株式譲渡 退職慰労金 合意
検索意図 譲渡代金の一部を退職慰労金として受け取る合意がどのような法的意味を持つかを知りたい
送客先ランディングページ 3-12 M&Aの際に約束された役員退職慰労金が支払われずお困りではありませんか(/manda_ji_taishokukin/。主)
作成年月日 令和8年8月14日
第1版(v01)
メタディスクリプション 株式の譲渡代金の一部を役員退職慰労金として受け取る合意の法的構造を解説します。二つの経路の違い、契約条項の型、支払が滞った場合に生じる問題、条項の確認事項、請求の組み立て方までを条文に即して整理します。

譲渡代金の一部を退職慰労金として受け取る合意の構造

M&Aにおいて、株式の譲渡代金の一部を役員退職慰労金として受け取る形が用いられることがあります。受け取る側から見れば同じ手取りの話に見えますが、法律上は全く異なる二つの経路が組み合わされています。本記事では、この合意の構造と、支払が滞った場合に生じる問題を整理します。当事務所は譲渡した側にも買主の側にも立ちますが、本記事は支払を求める側の方に向けたものです。

1 結論 二つの契約関係が並んでいます

経路 当事者 根拠 実行に必要な手続
株式の譲渡代金 売主(株主)と買主 株式譲渡契約 譲渡の承認、名義書換、代金の支払
役員退職慰労金 対象会社と退任する役員 会社法第361条第1項の報酬等の決定 株主総会の決議、対象会社による支払

同じ人物が売主であり退任する役員でもある場合、この二つが一体のものとして交渉されます。しかし、支払う主体も、必要な手続も異なりますので、いずれか一方が滞ったときに、他方に影響が及ばない構造となっています。

2 なぜこの形が用いられるのか

第1に、対象会社が現預金を保有している場合、その現預金を退職慰労金として役員に支払うことにより、買主が支払う譲渡代金を圧縮することができます。買主から見れば、取得する会社の現預金が減る一方、譲渡代金の支出が減るという関係になります。

第2に、対象会社の側でも、役員退職慰労金は一定の要件の下で費用として扱われます。ただし、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

第3に、退任する経営者の側でも、受け取る名目により取扱いが異なります。この点も税理士にご確認ください。

いずれにせよ、この形が用いられる背景には、当事者双方の事情があります。したがって、退職慰労金の部分が支払われないという事態は、当初の取引の前提が崩れることを意味します。

3 契約条項の型

株式譲渡契約における退職慰労金に関する条項には、いくつかの型があります。

条項の例 支払の主体 支払を求める相手方
第1型 買主の義務型 「買主は、クロージング日後速やかに、対象会社をして売主に対し役員退職慰労金として金○○円を支払わせる」 対象会社 買主(義務の履行)
第2型 対象会社の義務型 「対象会社は、クロージング日後最初に開催される株主総会において、売主に対する役員退職慰労金の支給を決議し、これを支払う」 対象会社 対象会社。買主に対しては契約上の協力義務
第3型 前提条件型 「クロージングの前提条件として、対象会社が役員退職慰労金の支給を決議していること」 対象会社 クロージング前に手続が完了します
第4型 買主直接支払型 「買主は売主に対し、退職慰労金相当額として金○○円を支払う」 買主 買主
第5型 記載なし 契約書に記載がなく、口頭又は別紙のみ 不明確 双方に対する検討を要します

第3型は、クロージングの前に決議及び支払を完了させる形であり、支払が滞る危険が最も小さいといえます。他方、第1型及び第2型は、クロージング後の手続に依存するため、買主が非協力に転じた場合に紛争となります。第5型は、最も紛争になりやすい形です。

4 支払が滞った場合に生じる問題

4-1 決議が行われないという問題

クロージング後、対象会社の株主は買主です。株主総会を開催して退職慰労金の支給を決議するかどうかは、買主の判断に委ねられます。買主が決議を行わない限り、対象会社に対する具体的な請求権は発生しないという構造になります。

したがって、買主に対する契約上の請求が中心となります。買主が「対象会社をして支払わせる」義務を負っている場合、これを履行しないことは債務不履行に当たり得ます(民法第415条)。

4-2 譲渡代金は支払われたが退職慰労金が支払われないという問題

譲渡代金が先に支払われ、退職慰労金が後回しにされる事案があります。この場合、売主としては取引の一部を既に履行し終えており、残るのは退職慰労金の部分のみとなります。交渉上の立場としては、履行が完了している分だけ不利になります。

4-3 条件が付されている場合

「クロージング後2年間、顧問として在籍すること」等の条件が付されている場合、条件の成就をめぐって争いが生じます。条件が成就しなかった原因が買主の側にあるときは、条件の成就を妨げた者の取扱いに関する規定(民法第130条第1項)の適用が問題となり得ます。

4-4 分割払とされる場合

退職慰労金を複数回に分けて支払う合意がされる場合があります。この場合、期限の利益の喪失に関する定めの有無により、支払が止まった時点で残額全部を請求し得るかが変わります。定めがない場合には、各回の支払期日ごとに請求権が発生し、消滅時効も各回ごとに進行します。

5 条項の確認事項

番号 確認事項 着眼点
1 支払の主体 買主か対象会社か
2 支払の時期 クロージングの前か後か、何日以内か
3 金額 総額か、算定式か
4 支払の方法 一括か分割か
5 条件の有無 在籍、引継ぎ、業績等
6 期限の利益の喪失 定めの有無及び要件
7 遅延損害金 利率の定めの有無
8 株主総会の決議に関する定め 買主の協力義務の有無
9 補償条項との関係 相殺の可否に関する定め
10 準拠法及び管轄 紛争解決の枠組み

第6及び第7の点は、支払が滞った場合に直接に効いてきます。契約の交渉の段階では見落とされやすい部分ですが、紛争になったときの回収の実効性を左右します。

6 請求の組み立て

順位 請求原因の骨格 相手方
第1 株式譲渡契約に基づく義務の不履行 買主
第2 対象会社に対する報酬等の請求(決議がある場合) 対象会社
第3 第三者のためにする契約に基づく請求(構成が可能な場合) 買主又は対象会社
第4 不履行による損害賠償 買主
第5 代表者個人に対する責任 対象会社の代表者

第1を主軸としつつ、決議が既にされている場合には第2を併せて主張することになります。いずれを主軸とするかは、契約書の文言と、決議の有無により決まります。

7 弁護士にご相談いただく意味

この類型では、契約書の一つの条項の文言が、請求の相手方も、主張の構成も、回収の見込みも左右します。契約書を読み込み、交渉の経過を踏まえて解釈を組み立てる作業が必要となります。

弁護士は、譲渡した側の代理人として、契約条項の解釈、請求の相手方の選択、交渉、必要に応じた保全の手続及び訴訟の遂行を行います。当事務所は、M&Aの案件そのものも取り扱っておりますので、契約書がどのような意図で作成されたかを踏まえた検討が可能です。

なお、請求の順序及び交渉の進め方は、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 譲渡代金と退職慰労金は、結局のところ同じ金銭ではないのですか。

受け取る側から見れば手取りの問題ですが、支払う主体も必要な手続も異なります。譲渡代金は買主が株主に支払うもの、退職慰労金は対象会社が役員に支払うものです。この違いが、支払が滞った場合の請求の相手方に直結します。

質問2 契約書に金額だけが書かれており、支払の主体が書かれていません。

契約全体の構造、交渉の経過、当事者の認識により解釈することになります。基本合意書、意向表明書、価格の算定資料、電子メールが解釈の資料となります。

質問3 クロージング前に決議を済ませておけばよかったのでしょうか。

クロージングの前提条件として決議及び支払を完了させる形は、支払が滞る危険が最も小さいといえます。今後の取引においては検討に値します。既に生じた事案については、契約書の文言に即した請求の組み立てを行うことになります。

質問4 買主が「会社の資金が足りない」と述べています。

対象会社の財務状況を確認したうえで、支払の時期及び方法を含めた解決を検討します。資金が他へ流出しているおそれがある場合には、保全の手続の検討を要します。

質問5 顧問として2年在籍する条件でしたが、1年で辞めさせられました。

条件が成就しなかった原因が買主の側にある場合には、条件の成就を妨げた者の取扱いに関する規定(民法第130条第1項)の適用を検討することになります。経緯を示す資料をご持参ください。

8 将来の取引において留意すべき点

同種の事案を避けるためには、契約の交渉の段階で次の点を明確にしておくことが有用です。既に紛争となっている事案においては、これらの点が定められていないことが争点となります。

番号 定めておくべき事項 定めがない場合に生じる問題
1 支払の主体を明記する 会社と買主との間で押し付け合いが生じます
2 支払の期限を日付で特定する 履行遅滞の起算点が不明確となります
3 株主総会の決議を行う義務を買主の義務として明記する 決議が行われないまま放置されます
4 決議の議案の文言をあらかじめ定める 決議の内容が想定と異なるものとなります
5 遅延損害金の利率を定める 法定利率によることとなります
6 分割払とする場合の期限の利益の喪失を定める 残額の一括請求ができません
7 補償条項との関係(相殺の可否)を定める 表明保証違反を理由とする相殺が主張されます
8 クロージングの前提条件とするかを定める クロージング後の履行に依存することとなります

紛争となっている事案においては、これらのうち何が定められ、何が定められていないかを一覧にすることにより、争点が明確になります。

9 相談の際に整理していただきたい事項

項目 内容
取引の時期 基本合意、契約の締結、クロージングの各日付
当事者 売主、買主、対象会社、仲介者
総額の内訳 譲渡代金と退職慰労金との区分
支払の状況 何が、いつ、いくら支払われたか
未払の額 現在の未払額
会社の対応 会社及び買主の説明の内容
経過した期間 クロージングからの期間

これらを時系列に整理していただくことにより、初回のご相談において方針の見当をお示しすることができます。

本記事における非開示事項について

請求の順序、交渉の進め方、保全の手続を用いる時期は、契約書の文言、当事者の資力、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、M&Aに伴う役員退職慰労金の未払に関するご相談をお受けしております。当事務所は、譲渡した側の代理人となる案件も、買主の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
  • ご相談は事前予約制です

ご相談に際しましては、株式譲渡契約書、基本合意書、価格の算定資料、クロージング後の議事録、登記事項証明書、交渉の過程の電子メールをお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしております。課税関係については税理士にご確認ください。

本記事の根拠条文

会社法 第330条(株式会社と役員との関係)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第318条第4項(株主総会議事録の閲覧謄写)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)

民法 第130条第1項(条件の成就の妨害)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第415条(債務不履行による損害賠償)、第419条(金銭債務の特則)、第537条(第三者のためにする契約)

民事保全法 第20条第1項(仮差押命令の必要性)

判例法理による部分 役員退職慰労金が会社法第361条第1項の報酬等に含まれることは、判例法理によります。契約条項の解釈は、個別の事案における文言及び交渉の経過により異なります。

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