役員退職慰労金の請求を弁護士に依頼するとき 支払を断られた元役員が採り得る手続と時効

役員を退任なさった元役員の方、又はその御遺族の方から、役員退職慰労金の支払を会社に断られた、請求しても返答のないまま時間だけが過ぎている、という御相談をお受けしています。本記事は、そのような場面に置かれ、弁護士に依頼するかどうかを迷っておられる元役員及び御遺族の方に向けたものです。制度の解説ではなく、いつ依頼すべきか、何を任せることができるのか、依頼の前に御自身で何を確かめておくべきかを整理いたします。
役員退職慰労金の請求は、給料の未払とは仕組みが異なります。労働基準監督署に申告する道がなく、原則として株主総会の決議という会社の内部手続を経なければ具体的な請求権が生じません。支払を渋る側が手続の主導権を握っており、相手方は何もしないことによって利益を得る立場に立ち続けます。
結論を先に申し上げます。この問題において、時間は請求する側の味方ではありません。消滅時効は原則として5年です。加えて、会社の資産、役員の構成、社内に残る資料は、いずれも時間の経過とともに請求する側に不利な方向へ動いてまいります。迷っておられる期間そのものが、採り得る手続を減らしてまいります。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる事項は場面ごとに異なりますので、次のとおり整理しています。
- 退任後の役員退職慰労金の支払を断られ、又は放置されている場面での依頼……本記事
- 算定式、功績倍率、支給規程の解釈といった金額そのものの当否……本記事では扱いません
- 在任中の役員報酬が支払われない場面及び一方的に減額された場面……本ページ末尾の関連ページを御覧ください
- 株主総会の決議がされない場合の進め方、時効が迫っている場合の個別の手当……本ページ末尾の御案内のページを御覧ください
「もう少し様子を見よう」と考えておられる間に、会社の側で進んでいること
退任から2年、3年と経過してから初めて相談に来られる方が少なくありません。「角を立てたくなかった」「先方も苦しいと聞いていた」「そのうち決議すると言われていた」とおっしゃいます。その御判断を責めるつもりはありませんが、待っている間に何が進行しているのかは知っておいていただく必要があります。
消滅時効は原則として5年です
債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法第166条第1項第1号、第2号)。なお、令和2年4月1日より前に生じた債権については改正前の民法及び商法が適用されますので(民法の一部を改正する法律附則第10条第4項)、退任の時期が古い案件では適用される規定を個別に確認する必要があります。
会社の資産は、請求を待ってはくれません
判決を得ても、その時点で会社に見るべき資産が残っていなければ、紙の上の権利にとどまります。退任から時間が経つほど、不動産の売却、事業の譲渡、関連会社への資産の移転が生じる余地は広がります。
決議をする人と、事情を知る人が入れ替わります
決議や一任の経緯を知る方が在任中であれば、事実関係の確認は容易です。代替わりが進みますと、「そのような話は聞いていない」という対応に変わり、支給規程が改廃されることもあります。事実を知る人が社内にいるうちに動くこと自体に価値があります。
役員退職慰労金の請求で、弁護士に任せることができる範囲
会社との連絡窓口を一本化し、記録に残る形に切り替えます
電話や口頭のやり取りは、後日「言った、言わない」の争いになります。代理人が就任した後は書面によるやり取りとなり、会社の回答が記録として残ります。会社が「業績が回復したら支払う」と述べた事実が書面に残れば、債務の承認(民法第152条第1項)として時効の更新につながる場合があります。
会社が任意に出さない資料を、法律上の権利として取り寄せます
退任後は社内の資料に触れられません。もっとも、株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでも株主総会の議事録の閲覧又は謄写を請求することができ(会社法第318条第4項)、計算書類等についても同様です(同法第442条第3項)。非上場株式を保有しておられる場合には、総株主の議決権の100分の3以上又は発行済株式の100分の3以上を有することを要件として、理由を明らかにしたうえで会計帳簿の閲覧謄写を請求することができます(同法第433条第1項)。
手続を選び、組み合わせ、順序を決めます
用いる手続には、交渉、催告、協議を行う旨の合意、株主総会の招集の請求、仮差押え、訴えの提起、判決後の財産調査という幅があります。どれを、どの順序で用いるかによって、回収できる金額と要する期間が変わります。この設計こそが依頼の中心的な価値です。
御遺族の場合には、請求権者の整理を先に行います
支給規程が受給権者の範囲及び順位を定めている場合と、定めがなく相続財産として扱われる場合とでは、請求の名義も相続人間の分配も異なります。整理を誤りますと、請求権者の適格を争われて時間を要します。弔慰金を受領なさる際の書面に「一切の債権債務がないことを確認する」という条項が入っていることもありますので、署名の前にお確かめください。
弁護士に依頼される前に、御自身で確認していただきたい事実
退任の日と、登記上の退任年月日
登記事項証明書は法務局において誰でも取得することができます。実際の退任日と登記上の日付が食い違っている例も少なくありませんので、まず現物を御覧ください。
支給規程の有無と、株主総会の決議の内容
在任中に写しを保管しておられれば、それが最も重要な資料です。ただし、規程があるだけでは足りません。取締役については、定款又は株主総会の決議によって報酬の金額が定められなければ具体的な報酬請求権は発生しないとするのが判例です(最高裁判所平成15年2月21日判決・金融法務事情1681号31頁)。他方、一定の基準に従って具体的な金額、支払時期及び支払方法を取締役会に一任する株主総会の決議は有効とされています(最高裁判所昭和39年12月11日判決・民集18巻10号2143頁)。議事録に「取締役会に一任する」とだけ書かれていても、請求が立たないわけではありません。
一部の支払、分割払、又は支払を約する連絡の記録
一部でも支払を受けておられる場合、分割払の取決めがある場合、「来期には支払う」という書面が残っている場合には、承認として時効が更新されている可能性があります。5年を過ぎているようにみえる案件でも、記録が1つあるだけで結論が変わります。通帳、明細、電子メールを御確認ください。
会社の資産の状況
本店及び工場の不動産の登記事項証明書、直近の決算の内容、取引金融機関の名称が分かりますと、回収の見込みを立てやすくなります。不動産に新たな担保が設定されている、所有者が関連会社に移っているという動きがあれば、仮差押えを検討する材料です。
会社はなぜ支払を断るのか 相手方の側の事情
相手方の対応を感情の問題として受け止めますと、交渉の設計を誤ります。背景には概ね3つの事情があります。
第1に、現に資金が不足しているという事情
金額が大きくなりがちで、一括の支出は資金繰りに直接響きます。相手方が求めているのは免除ではなく支払時期の繰延べであることが少なくありません。分割払や支払期日の設定を含めた提案を組み立てることで、決着に至る余地があります。
第2に、他の元役員への波及を恐れるという事情
1人に支払えば、同じ規程の下で退任した他の元役員にも支払わなければならなくなります。そのため、支給規程の存在自体を争う、規程は「内部の目安にすぎない」と主張するといった対応が生じます。この構造がある案件では、交渉だけで姿勢が変わることは期待しにくいといえます。
第3に、時効の完成を待っているという事情
表立って述べられることはありませんが、実質的にこの状態にある案件は珍しくありません。「検討している」「次の株主総会に諮る予定である」という回答を繰り返し、具体的な行動を採らないという対応がこれに当たります。単に「検討中である」と述べるだけでは承認に当たらないと判断される可能性があり、返答が続いていることをもって安心してはなりません。
交渉から訴訟までの流れと、どの段階で弁護士が入ると有効か
第1段階 通知書の送付と回答の取得
代理人名義の通知書を内容証明郵便で送付し、支払の請求と併せて、支給規程の有無、株主総会の決議の有無、一任の内容について回答を求めます。目的は、時効の完成猶予の効果を得ることと、会社の言い分を早い段階で書面に固定することの2つです。
第2段階 協議を行う旨の合意、又は株主総会の招集の請求
会社に協議の意思がある場合には、協議を行う旨の合意を書面で取り交わします。会社が決議自体を行わない場合には、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主として、取締役に対し株主総会の招集を請求する道があります(会社法第297条第1項)。公開会社でない株式会社では、6か月の保有期間の要件は適用されません(同条第2項)。
第3段階 仮差押え
資産が処分されるおそれがある場合には、訴えの提起に先立って仮差押命令を申し立てます。仮差押命令は、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができます(民事保全法第20条第1項)。保全すべき権利及び保全の必要性は疎明を要し(同法第13条)、担保を立てることを求められるのが通常です(同法第14条第1項)。
第4段階 訴えの提起
裁判上の請求があれば、その事由が終了するまでの間は時効は完成せず、確定判決によって権利が確定したときは、その事由が終了した時から新たに時効の進行が始まります(民法第147条第1項第1号、第2項)。なお、金額の決定を取締役会に一任した事案において、在任中の行為を理由に基準額から大幅に減額した取締役会の決定に裁量権の範囲の逸脱又は濫用はないとした最高裁判所令和6年7月8日判決(裁判所時報1843号14頁)があります。減額の理由が示された場合には、その当否を正面から争う必要があります。
第5段階 判決を得た後の回収
会社が任意に支払わない場合には、財産開示手続(民事執行法第196条以下)及び第三者からの情報取得手続(同法第204条以下)を用います。金融機関から預貯金債権等の情報を取得する手続(同法第207条第1項)は口座の所在が分からない場合に有効で、不動産に関する情報の取得(同法第205条)と併せて用います。
時効の完成が迫っている場合に、その週のうちにできること
設例 支払期日が定められていた場合
令和3年6月25日の定時株主総会において退任し、同じ総会で支給が決議され、金額、支払時期及び支払方法が取締役会に一任されたとします。取締役会が同年8月10日に金額を決定し、支払期日を同年9月30日と定めた場合、権利を行使することができることを知った時は同年9月30日の経過時と考えられます。民法第166条第1項第1号により5年間ですので、時効は令和8年9月30日の経過をもって完成いたします。本日を令和8年8月23日といたしますと、残された期間は38日です。
催告による6か月の完成猶予
催告があったときは、その時から6か月を経過するまでの間は時効は完成しません(民法第150条第1項)。上の設例で、令和8年8月31日に内容証明郵便による催告が会社に到達したとしますと、令和9年2月28日までは時効が完成しないこととなります。ただし、完成猶予されている間に再度催告をしても効力は生じません(同条第2項)。催告は1回限りの手当であり、その6か月の間に次の手続を採ることが前提となります。
協議を行う旨の合意による完成猶予
権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、その合意から1年を経過した時、1年に満たない協議の期間を定めたときはその期間を経過した時、又は一方から協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときはその通知から6か月を経過した時のいずれか早い時までの間、時効は完成しません(民法第151条第1項各号)。再度の合意も可能ですが、通算して5年を超えることはできません(同条第2項)。催告による完成猶予中の協議の合意及びその逆は、効力を生じません(同条第3項)。両者を重ねて用いることはできませんので、どちらを選ぶかを早く決める必要があります。
会社に承認をさせるという手当
時効は、権利の承認があったときは、その時から新たに進行を始めます(民法第152条第1項)。分割払の申出、一部の支払、支払を約する書面の交付は、いずれも承認に当たり得ます。交渉の過程で会社にこうした対応を採らせることができれば、時効の問題は一度解消いたします。
回収の見込みと費用の均衡をどのように考えるか
請求できる金額の幅と、会社の支払能力を見積もります
支給規程がある場合には、最終報酬月額、在任年数、功績倍率から一応の金額が算出できます。規程がない場合には、他の元役員への支給の実績が手掛かりになります。もっとも、請求できる金額と現実に回収できる金額は別です。決算の内容、不動産の担保の状況、取引の継続性を踏まえ、一括での支払が可能か、分割によるほかないかを検討いたします。
費用の考え方
費用は、着手金、報酬金、実費に分かれます。仮差押えを行う場合には、裁判所に納める担保金の用意が必要です。担保金は事件の終了後に返還を受けるのが原則ですが、一時的に相応の資金を要します。請求できる金額、支払能力、要する期間、費用を並べて比較したうえで御判断いただくのが適切であり、当事務所ではこの比較の材料を弁護士相談の場で御説明しています。
依頼をお勧めしない場合もあります
会社に見るべき資産がなく既に事業も停止している場合には、判決を得ても回収に至らない可能性が高く、その旨を率直に申し上げます。逆に、金額が大きくない場合でも、他の元役員と足並みをそろえることで交渉の力が変わります。
いま確認していただきたいこと
- 登記事項証明書を取得し、御自身の退任年月日を確認してください。時効の起算点を検討する出発点になります。
- 手元の資料を集めてください。支給規程の写し、株主総会の招集通知及び議事録、退任時に受け取った書面、報酬の振込が確認できる通帳、会社との電子メールです。
- 会社が支払を約する趣旨の発言をした書面又は記録がないかを探してください。時効の更新に直結する可能性があります。
- 会社の本店及び工場の不動産について登記事項証明書を取得し、所有者と担保の設定状況を確認してください。
- 退任から5年に近づいている場合には、その日のうちに弁護士相談をお申し込みください。催告と協議の合意は重ねて用いることができず、選択を誤ると手当が効かなくなります。
よくあるご質問
株主総会の決議がされていない場合でも、請求することはできますか
取締役の報酬等については、定款に定めがないときは株主総会の決議によって定めることとされており(会社法第361条第1項)、決議がなければ具体的な請求権は発生しないとするのが判例の枠組みです。もっとも、支給規程に従って支給されてきた実績がある場合や、一任決議があるにもかかわらず取締役会が決定を行わない場合には、争い方があります。決議がないという一点で諦める必要はありません。
退任してから5年以上が経過していますが、もう手遅れでしょうか
起算点は退任の日とは限りません。支払期日が定められていればその期日、一任決議のみで金額が決まっていない場合には別の考え方を要します。また、会社が一部を支払っていた、分割払を申し出ていたという事情があれば、承認として時効が更新されている可能性があります。まずは資料を御持参のうえ、弁護士相談をお申し込みください。
会社から「業績が悪いので支払えない」と言われています
業績の悪化は、いったん発生した債務を当然に消滅させる事由ではありません。ただし、資力が現実に乏しい場合には、一括の支払を求め続けても回収に至らないことがあります。支払期日を分割して定める、公正証書を作成するといった形で回収の確実性を高める設計を検討いたします。他方、業績を理由としながら他の元役員には支払っているという事情があれば、その点を正面から追及いたします。
弁護士に依頼すると、会社との関係が決定的に悪くなりませんか
既に支払を断られている、請求に返答がないという段階に至っている以上、関係は事実として動いています。代理人が入ることでやり取りが書面に切り替わり、かえって感情的な応酬が減る例のほうが多いといえます。交渉の段階では訴訟を前提としない申入れも可能ですので、進め方は御希望を伺ったうえで決めてまいります。
おわりに
役員退職慰労金の請求は、会社の内部手続が壁になるという点で、通常の債権の回収とは異なる難しさがあります。しかし、手続がないわけではありません。資料を取り寄せる権利があり、時効の完成を止める方法があり、資産の処分に備える手段があり、判決の後に財産を調べる制度もあります。問題は、それらを適切な順序と時期に用いることができるかどうかです。
会社に長年尽くしてこられた方が、その最後の対価を受け取れないまま終わるということがあってはなりません。御自身の事案でどの手続が使えるのかは、資料を拝見すれば申し上げることができます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
役員退職慰労金の請求及び回収に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
出典
- 会社法第297条第1項、第2項、第318条第4項、第361条第1項、第387条第1項、第433条第1項、第442条第3項
- 民法第147条第1項第1号、第2項、第150条第1項、第2項、第151条第1項各号、第2項、第3項、第152条第1項、第166条第1項第1号、第2号
- 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則第10条第4項
- 民事保全法第13条、第14条第1項、第20条第1項
- 民事執行法第196条以下、第204条以下、第205条、第207条第1項
- 最高裁判所昭和39年12月11日判決(民集18巻10号2143頁)、最高裁判所平成15年2月21日判決(金融法務事情1681号31頁)、最高裁判所令和6年7月8日判決(裁判所時報1843号14頁)
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