資金がないことを理由とする支払の拒絶に対する反論

資金がないことを理由とする支払の拒絶に対する反論

「会社に払えるだけの資金がありません」。役員退職慰労金の請求に対して、会社からこの説明がされることは非常に多くあります。この説明は、一見すると請求を諦めるべき理由のように見えます。しかし、資力がないことと、請求権が存在しないこととは、まったく別の問題です。本記事では、支払を求める側の元役員及びその御遺族に向けて、この説明に対する反論の組み立て方を整理します。

結論 資力は請求権の存否とは別の問題です

債務者に支払の資力がないことは、債務を免れる法律上の理由とはなりません。会社が役員退職慰労金の支払義務を負っているのであれば、資金の有無にかかわらず、その義務は存続します。

したがって、会社の説明に対しては、次の二つを分けて考えることになります。

問題 内容 対応
請求権の存否 支払義務があるかどうか 決議、支給規程、支給の慣行により判断されます
回収の可能性 現実に支払を受けられるかどうか 財務状況の把握、保全、支払条件の交渉により対応します

実務上重要であるのは、この二つを混同しないことです。資力がないという説明を受けて請求自体を控えていると、時効が進行し、権利そのものを失うことになりかねません。

支給規程に業績に関する条項がある場合

資力を理由とする拒絶が法律上の意味を持ち得るのは、支給規程に業績に関する条項が置かれている場合です。「支給は会社の業績を勘案して決定する」「累積の損失がある場合には支給しないことができる」といった条項です。

確認事項 内容
条項の有無 業績又は財務状況に関する条項が置かれているか
要件の明確性 「業績を勘案する」といった抽象的な文言にとどまらないか
要件該当性 会社の財務状況が要件に当てはまるか
効果 不支給か、支給の時期の繰延べか
過去の運用 過去に同様の業績の時期に支給された実績がないか

条項が抽象的な文言にとどまる場合には、会社の恣意的な判断を許すものではないという主張が考えられます。また、過去に同程度の業績の時期に他の役員へ支給された実績がある場合には、判断の一貫性を問題とすることができます。

条項がない場合の検討

業績に関する条項がない場合、会社は何を根拠として支払を拒むのかが問題となります。単に「資金がない」という事実上の説明にとどまるのであれば、請求権の存否には影響しません。

この場合、次の順序で進めることになります。

段階 行うこと
第1 請求権の存在を確定させます(決議、規程、慣行のいずれによるか)
第2 会社の財務状況を客観的な資料により確認します
第3 本当に支払能力がないのか、優先順位の問題にすぎないのかを見極めます
第4 支払の時期及び方法について交渉するか、手続に移るかを判断します
第5 資産の流出のおそれがある場合には保全を検討します

「資金がない」の中身を見極める

会社が「資金がない」と述べる場合、その意味は一様ではありません。

実態 内容 対応の方向
手元の現金が不足している 資産はあるが、直ちに支払える現金がない 分割払又は支払期日の設定を交渉します
優先順位の問題 他の支出を優先している 債務であることを明確にし、順位の是正を求めます
債務超過である 負債が資産を上回っている 回収可能性を慎重に検討し、早期の対応を図ります
資産を隠している 実際には支払能力がある 資産の調査及び保全の手続を検討します
後継者の意向 支払う意思がないことを資金を理由に説明している 請求権の存在を確定させる手続に移ります

実際には、現在の代表者に支払う意思がないという事情を、資金の問題として説明している事案が少なくありません。会社の財務状況を客観的に確認することにより、説明の当否を検証することができます。

会社の財務状況の確認

資料 入手の手段 根拠
計算書類等 株主又は債権者として閲覧謄写を請求します 会社法第442条第3項
会計帳簿等 議決権の100分の3以上を有する株主として請求します 会社法第433条第1項
不動産の登記事項証明書 誰でも交付を請求することができます 不動産登記の制度によります
商業登記事項証明書 誰でも交付を請求することができます 商業登記の制度によります
第三者が保有する情報 弁護士会を通じた照会を行います 弁護士法第23条の2
会社が保有する文書 訴訟において文書提出命令の申立てを行います 民事訴訟法第219条から第223条まで

役員退職慰労金の未払を主張する元役員は、会社に対する債権者としての地位を主張し得る立場にありますので、計算書類等の閲覧謄写の請求については、債権者としての請求を検討する余地があります。もっとも、会社が債権の存在自体を争う場合には、この点も争いとなり得ます。

回収可能性を高める手段

手段 内容 留意点
分割払の合意 支払の時期及び方法を定める合意を結びます 期限の利益の喪失の定めを入れることが重要です
公正証書の作成 強制執行に服する旨の陳述を記載します 訴訟を経ずに執行の手続に進めます
担保の設定 会社の資産に担保権の設定を受けます 他の債権者との優劣が問題となります
連帯保証 代表者個人の連帯保証を求めます 保証契約は書面によることを要します
仮差押え 判決の前に財産を確保します 担保の提供を要するのが通例です
債務の承認 支払を認める書面を得ます 時効が更新されます(民法第152条第1項)

会社が直ちに全額を支払えない場合には、分割払の合意を結ぶことが現実的な選択となることがあります。この際、期限の利益の喪失の定めを置くこと、可能であれば公正証書によることが、その後の回収の実効性を大きく左右します。

資産の流出のおそれがある場合

会社が資産の処分を始めている場合や、他の債権者への支払が進んでいる場合には、判決を待っていては回収ができなくなるおそれがあります。この場合には、仮差押えの手続を検討します。

仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるとされています(民事保全法第20条第1項)。保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性については、疎明しなければならないとされています(民事保全法第13条第2項)。また、担保を立てさせることが通例です(民事保全法第14条第1項)。

消滅時効の管理

債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。

「業績が回復したら支払う」という説明を受けて待っている間に、時効期間が経過してしまう事案が多く見られます。会社の説明を待つ姿勢は、時効との関係で不利に働きます。

他方、会社が支払義務の存在を認める発言をしている場合には、債務の承認として時効の更新の効果を生じ得ます(民法第152条第1項)。「今は払えないが必ず払う」という趣旨の発言は、承認と評価される余地がありますので、書面又は電子メールにより記録に残しておくことが有益です。

案件で確認すべき事項

番号 確認事項 確認の方法
1 株主総会の決議の有無 株主総会議事録
2 役員退職慰労金支給規程における業績に関する条項 規程の写し
3 会社の直近数期の財務状況 計算書類
4 会社が所有する不動産及び担保の設定状況 不動産の登記事項証明書
5 他の役員に対する報酬及び賞与の支給の状況 計算書類、社内の記録
6 過去に同程度の業績の時期に支給された実績 計算書類、株主総会議事録
7 会社が述べた説明の内容及び時期 電子メール、書面、面談の記録
8 支払を認める趣旨の発言の有無 電子メール、書面
9 資産の処分の兆候の有無 登記事項証明書、取引先からの情報
10 退任からの経過期間 登記事項証明書

弁護士にご相談いただく意味

資力を理由とする拒絶に対しては、感情的なやり取りではなく、財務状況を客観的な資料により確認する作業が有効です。会社が示す説明と、計算書類から読み取れる状況とが食い違っている場合には、その点を指摘することにより交渉の局面が変わります。

弁護士は、元役員の代理人として、請求権の存在を確定させる主張の組み立て、会社の財務状況の調査、会社法上の各種の閲覧謄写の請求、支払条件の交渉及び合意書の作成、保全の手続の検討及び申立て、消滅時効の管理及び完成猶予の措置、訴訟その他の裁判所の手続の遂行を行います。

よくあるご質問

質問1 会社に資金がないと言われました。請求しても無駄でしょうか。

資力がないことは支払を免れる法律上の理由とはなりません。まず請求権の存在を確定させたうえで、財務状況を確認し、回収の方法を検討することになります。

質問2 「業績が回復したら払う」と言われて待っています。

待っている間も時効は進行します。他方、その発言は債務の承認と評価される余地がありますので、記録に残しておいてください。

質問3 会社の決算書を見ることはできますか。

株主又は債権者として、計算書類等の閲覧謄写を請求することができます(会社法第442条第3項)。役員退職慰労金の債権者としての請求を検討する余地があります。

質問4 分割払に応じてもよいものでしょうか。

回収の実効性を高める選択となり得ます。期限の利益の喪失の定めを置くこと、可能であれば公正証書によることを御検討ください。

質問5 会社が不動産を売ろうとしています。

資産の流出のおそれがある場合には、仮差押えの手続を検討することになります。時間が結果を左右しますので、早期に御相談ください。

本記事における非開示事項について

財務状況の調査の進め方、支払条件を交渉するか手続に移るかの判断、保全の要否及び対象財産の選定は、株主構成、機関設計、財務状況、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開していません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、役員退職慰労金の未払に関するご相談をお受けしています。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っています。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • ご相談は事前予約制です

ご相談に際しましては、登記事項証明書、役員退職慰労金支給規程の写し、株主総会議事録の写し、計算書類の写し、会社との往復の書面をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしています。課税関係については税理士にご確認ください。

弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

本記事の根拠条文

会社法 第318条第4項(株主総会議事録の閲覧謄写)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第429条第1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)、第433条第1項(会計帳簿等の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)

民法 第147条第1項(裁判上の請求等による時効の完成猶予)、第150条第1項(催告による時効の完成猶予)、第151条(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、第152条第1項(承認による時効の更新)、第166条第1項(債権等の消滅時効)

民事保全法 第13条第2項(保全すべき権利及び保全の必要性の疎明)、第14条第1項(担保)、第20条第1項(仮差押命令の必要性)

民事執行法 第22条第5号(債務名義としての執行証書)

民事訴訟法 第219条から第223条まで(書証及び文書提出命令)

弁護士法 第23条の2(報告の請求)

判例法理による部分 役員退職慰労金が会社法第361条第1項の報酬等に含まれること、及び支給基準に従うことを前提とする一任決議の効力については、判例法理によります。業績に関する条項の解釈は、規程の文言及び過去の運用に照らし、個別の事案ごとに判断されます。

関連するご案内

業績が悪いことを理由に役員退職慰労金を断られてお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しています。ご相談は事前予約制です。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

このページの位置付けと、関連するページ

本ページは、会社の支払能力及び資金がないとの拒絶に関する解説の中核となるページです。個別の論点は、次の各ページに整理しています。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。