医療法人の出資持分を譲渡した理事長の役員退職慰労金 口頭の約束しかない場合の請求の組み立て

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医療法人の出資持分の譲渡に伴う理事長の役員退職慰労金に関するページです。本ページは、医療法人に特有の手続(社員総会の決議、社員の地位と出資持分の区別、剰余金の配当の禁止)に即して、約束された役員退職慰労金を請求する際の考え方をご説明します。M&Aに伴う役員退職慰労金の一般的な請求の相手方は、別のページをご参照ください。

▶ M&Aの際に約束された役員退職慰労金を請求する相手方

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医療法人の出資持分を譲渡した理事長は、約束された役員退職慰労金を請求できるのか

「医療法人の経営を第三者に引き継ぎました。交渉の中で、理事長を退任するときには役員退職慰労金を支払うと言われていました。ところが、引継ぎが終わると、買主は『そのような約束はしていない』と言います。契約書にも書かれていません」。医療法人のM&Aの後に、このようなご相談をいただくことがあります。

本記事では、出資持分のある医療法人の理事長が、出資持分の譲渡に際して役員退職慰労金の支払を約束されたにもかかわらず支払われない場合に、どのように請求を組み立てるかを、支払を求める側の立場から整理します。あわせて、これから医療法人の譲渡を予定している理事長の方に向けて、同じ事態を避けるための備えをご説明します。

結論 医療法人の手続と、買主との約束の両面から組み立てます

医療法人の理事の報酬等は、定款(財団たる医療法人では寄附行為)にその額を定めていないときは、社員総会(財団たる医療法人では評議員会)の決議によって定めることとされています(医療法第46条の6の4において準用する一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第89条)。株式会社では、役員退職慰労金は在任中の職務執行の対価として報酬等に含まれると解されており(判例法理)、医療法人の理事についても同様の考え方を前提に検討するのが通常です。

したがって、医療法人に対して直接請求するには、原則として定款の定め又は社員総会の決議が必要となります。M&Aの後は、社員総会の構成は買主の側に移っていますので、決議がされない限り医療法人に対する請求権は具体化しにくい構造です。そこで、買主との間の約束を根拠とする請求を併せて検討することになります。

請求の根拠 相手方 前提となる事項
定款の定め又は社員総会の決議 医療法人 定款に額の定めがあるか、支給の決議がされているか
出資持分の譲渡に際しての約束 買主(法人又は個人) 約束の存在と内容を示す資料があるか
役員退職慰労金規程 医療法人 規程が存在し、支給の基準が定められているか

医療法人に特有の3つの事情

出資持分と社員の地位は別のものです

社団たる医療法人では、社員総会の議決権は社員が各1個を有するとされています(医療法第46条の3の3第1項)。出資の額に応じて議決権が定まる株式会社とは異なります。そのため、医療法人のM&Aでは、出資持分の譲渡に加えて、社員の入社及び退社、理事及び理事長の交代を組み合わせて行うのが一般的です。

この結果、引継ぎが終わった時点で、元理事長は社員の地位を失っていることが多く、社員として臨時社員総会の招集を請求する(医療法第46条の3の2第4項)立場にもありません。役員退職慰労金の支給を決める社員総会は、買主の側の社員によって構成されています。

剰余金の配当が禁止されています

医療法人は、剰余金の配当をしてはならないとされています(医療法第54条)。医療法人に蓄積された利益を出資者が配当として受け取ることはできません。このため、医療法人の譲渡の交渉では、出資持分の譲渡の対価と、理事長に支払う役員退職慰労金との配分が話し合われることがあります。この配分が口頭のまま進むと、後日の紛争の原因となります。税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。

役員退職慰労金規程がない医療法人が少なくありません

理事長が一人で経営してきた医療法人では、役員退職慰労金規程を定めていない例が見られます。規程がなく、社員総会の決議もなく、出資持分の譲渡契約書にも記載がない場合には、約束の存在そのものを立証することが請求の中心となります。

口頭の約束しかない場合の立証

契約は、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しないとされています(民法第522条第2項)。口頭の約束であることだけを理由に、合意の効力が否定されるわけではありません。問題は、約束があったことをどのように示すかです。

直接の証拠がない場合には、周辺の事実を積み重ねて約束を推認させることになります。医療法人のM&Aでは、次の資料に約束の痕跡が残っていることがあります。

資料 着眼点
意向表明書、基本合意書 譲渡対価の内訳として役員退職慰労金に触れていないか
仲介会社又は助言会社との往復の文書 条件の整理表、面談の記録、提案書に支給の予定が記載されていないか
出資持分の譲渡契約書の案文 途中の案文に支給の条項があり、最終版で削られていないか
電子メール、携帯電話の短文の通信 金額、算定の方法、支払の時期に触れた文言がないか
価格の算定資料 役員退職慰労金の支払を前提に、出資持分の価格から差し引いた計算がされていないか
医療法人の決算資料 引継ぎの前後に、役員退職慰労金の引当てや未払金が計上されていないか
ご自身の手控えのメモ 作成の時期と状況、他の資料と内容が整合しているか

ご自身で作成したメモは、それだけでは相手方の約束を示す力が限られます。私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときに真正に成立したものと推定されます(民事訴訟法第228条第4項)が、これは相手方の署名又は押印がある書面についての話です。手控えのメモは、作成の時期、面談の日時との対応、他の資料との整合性を示して、裏付けとして位置付けることになります。

裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により事実を認定するものとされています(民事訴訟法第247条)。一つ一つは弱い資料でも、時期と内容が整合するものを積み重ねることが大切です。

買主から出される反論

買主の反論 検討の視点
そのような約束はしていない 約束がされた場面(時期、場所、同席者、発言の内容)を具体的に特定し、周辺の資料で裏付けます
役員退職慰労金も含めて出資持分の譲渡対価で決着した 対価の算定の経過を確認します。支給を前提に対価を減額した経過があれば、反論と矛盾します
契約書に記載がない以上、合意はない 完全合意条項の有無と文言を確認します。条項がない場合、契約書外の合意を主張する余地があります
支給は医療法人が決めることで、買主は関係ない 約束の当事者が買主であったか、買主が医療法人をして支払わせる趣旨であったかを整理します
金額が決まっていなかった 算定の方法や基準について合意があったかを確認します。基準があれば、その基準に当てはめた額を主張します

請求の相手方の整理

約束をしたのが買主の法人であるのか、買主の代表者個人であるのかは、請求の相手方を左右します。医療法人の譲渡では、買主が別の医療法人、株式会社、又は個人であることがあり、交渉の窓口となった人物と契約の当事者とが一致しないこともあります。出資持分の譲渡契約書の当事者欄を確認し、約束をした人物がどの立場で発言したのかを整理します。

買主が「医療法人をして役員退職慰労金を支払わせる」趣旨の約束をしていた場合、医療法人の社員総会で支給の決議がされないことは、買主の約束の不履行に当たり得ます(民法第415条)。この場合、買主に対し、約束の履行又は損害の賠償を求めることになります。

これから医療法人の譲渡を予定している理事長の方へ

同じ事態を避けるためには、出資持分の譲渡契約書に役員退職慰労金の取扱いを明記しておくことが最も有効です。少なくとも、次の事項を書面にしておくことをお勧めします。

番号 定めておく事項 着眼点
1 支給の主体 医療法人が支払うのか、買主が支払うのか
2 金額又は算定の方法 確定額か、算定式か。算定式の場合は基礎となる数値の取り方
3 社員総会の決議 クロージングの前に決議を済ませるか、後に買主が決議させる義務を負うか
4 支払の時期 退任の日から何日以内か
5 不払の場合の取扱い 買主の補償、遅延損害金
6 完全合意条項との関係 契約書以外の約束が否定されないよう、必要な事項をすべて契約書に取り込む

クロージングの前に、譲渡側の理事長が社員として在籍しているうちに社員総会で支給を決議しておく方法は、支払が滞る危険を小さくします。ただし、決議の時期と方法は、買主との合意及び医療法人の定款の定めに従って進める必要があります。

消滅時効

債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。「いずれ支払われるだろう」と待っている間にも期間は進みます。請求の意思を明確にした書面を早い段階で送ることが大切です。

案件で確認すべき事項

番号 確認事項 確認の方法
1 医療法人が社団か財団か、出資持分の定めがあるか 定款又は寄附行為、登記事項証明書
2 定款に理事の報酬等の額の定めがあるか 定款
3 役員退職慰労金規程の有無 規程の写し、理事会の議事録
4 社員総会での支給の決議の有無 社員総会の議事録
5 出資持分の譲渡契約書の当事者、対価、完全合意条項 譲渡契約書、案文の履歴
6 約束がされた場面の特定 手帳、面談の記録、同席者
7 交渉の過程の文書 意向表明書、基本合意書、仲介会社との往復の文書
8 対価の算定の経過 価格の算定資料、決算書
9 退任の日と社員の退社の日 登記事項証明書、社員名簿
10 退任からの経過期間 登記事項証明書

弁護士にご相談いただく意味

医療法人のM&Aに伴う役員退職慰労金の請求では、医療法人の手続と、買主との間の約束という二つの経路を整理し、資料の状況に応じて請求の構成を定める必要があります。口頭の約束しか残っていない事案では、どの資料をどの順序で示すかが結果を左右します。

弁護士は、元理事長の代理人として、資料の収集と整理、約束の当事者及び内容の特定、医療法人及び買主に対する請求、交渉、消滅時効の管理及び完成猶予の措置、訴訟その他の裁判所の手続の遂行を行います。

よくあるご質問

質問1 契約書に書かれていない口頭の約束でも請求できますか。

口頭の約束であることだけを理由に、合意の効力が否定されるわけではありません。ただし、約束があったことを示す必要があります。交渉の過程の文書や算定の資料等を積み重ねて立証を組み立てることになります。

質問2 社員総会の決議がないと、医療法人には請求できないのですか。

定款に額の定めがない場合、理事の報酬等は社員総会の決議によって定めることとされていますので、医療法人に対する請求は原則として困難です。その場合は、買主との約束を根拠とする請求を併せて検討します。

質問3 買主から「退職慰労金も譲渡対価に含まれている」と言われました。

対価がどのように算定されたかを確認します。役員退職慰労金の支払を前提に出資持分の対価を低くした経過が資料に残っていれば、買主の説明と矛盾することになります。

質問4 手元にあるのは自分で書いたメモだけです。

ご自身のメモだけでは、相手方の約束を示す力は限られます。ただし、作成の時期と面談の日時が対応しているか、他の資料と整合しているかを確認し、裏付けとして用いることができる場合があります。他に資料が残っていないかを、ご一緒に確認します。

質問5 これから医療法人を譲渡します。何に気を付ければよいですか。

役員退職慰労金の支給の主体、金額又は算定の方法、社員総会の決議の時期、支払の時期を、出資持分の譲渡契約書に明記してください。口頭の約束のままクロージングを迎えることは避けるべきです。

本記事における非開示事項について

請求の構成の選択、資料の収集の手順、買主の反論に応じた主張の組み替え方は、医療法人の形態、社員の構成、交渉の経過等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開していません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、M&Aに伴う役員退職慰労金の未払に関するご相談をお受けしています。当事務所は、譲渡した側の代理人となる案件も、買主の側の代理人となる案件も取り扱っています。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • ご相談は事前予約制です

ご相談に際しましては、医療法人の定款、登記事項証明書、出資持分の譲渡契約書、交渉の過程の文書、買主との往復の書面をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしています。課税関係については税理士にご確認ください。

弁護士費用につきましては、弁護士費用のページをご覧ください。

本記事の根拠条文

医療法 第46条の3の2第4項(臨時社員総会の招集の請求)、第46条の3の3第1項(社員の議決権)、第46条の6の4(理事についての一般社団法人及び一般財団法人に関する法律の準用)、第54条(剰余金の配当の禁止)

一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 第89条(理事の報酬等。医療法第46条の6の4により準用)

民法 第166条第1項(債権等の消滅時効)、第415条(債務不履行による損害賠償)、第522条第2項(契約の成立と方式)

民事訴訟法 第228条第4項(文書の成立の推定)、第247条(自由心証主義)

判例法理による部分 役員退職慰労金が在任中の職務執行の対価として報酬等に含まれることは、株式会社について判例法理により認められている考え方です。医療法人の理事への当てはめは、定款の定め及び個別の事情により異なります。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、平成23年には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ております。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めております。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。